その切羽詰まったような表情に、私はまた原作を思い出す。

そうだ。原作では羽衣狐が復活し、次々と封印を破り怒涛の如く勢力を増していた。
現実でもそうなんだろう。
勢力を増すという事は、妖怪があちらこちらに蔓延り出すという事で、ゆらちゃん達陰陽師は一般人達を守るために頑張ってる。

そう思うと京都に来てしまったのが、なんだか申し訳なくて仕方なかった。

ゆらちゃん、手間かけさせてしまって、ごめんっ!

心の中で謝っていると、ゆらちゃんは私達一人ひとりの顔を見回し小さく溜息をついた。

「仕方あらへん……。ついて来るんや。このままだと別の妖に襲われるさかい」

清継君と島君は、どうして妖におかされつつあるのか全く意味が判らない、と言う顔をする。
そして、私とカナちゃんは、神妙な顔をし頷いた。
巻さんと鳥居さんが気付くのを待ち、それから歩き出したゆらちゃんに私達は付いて行く。
と、夜の京都の町中を歩きながら、ふと疑問が浮かんできた。

「そう言えば今日の宿泊先ってどこだったんだろ? もうチェックインの時間過ぎてるよねー」

そう呟くと右隣に並んで歩いていたカナちゃんが苦笑した。

「清継君、ゆらちゃんの所に泊まるつもりで、宿とってなかったみたい」

その言葉に思わずカナちゃんの顔を見る。

「えぇえ!? 宿とってないっ!? むーん? じゃあ、事前にゆらちゃんへ連絡してたとか?」

いや、連絡してたら、今の京都は危ないからって断られてたよねー。

と、カナちゃんは苦笑したまま首を振った。

「ううん。着いてから連絡しようとしてたみたいよ」
「ちょっ、連絡付かなかったらどしてたのー!? 野宿!? 神社の中とかで野宿!? いやー! 清継君のばかー!」

私の声が聞こえたのか、清継君は顔だけ振り返らせた。

「どうしたんだい? 有永さん? ボクを呼んだかい?」
「清継君の計画性の無さに突っ込んでたの!」
「何を言うんだい!? この完璧なボクが無計画な事をするわけないじゃないか! はっはっはっ、見たまえ! 妖怪の出没に合わせたこの京都への到着時期! 完璧だよね! ねぇ、島君!」
「はいっす! 清継君はいつでも完璧っす!」

清継君の言葉に相槌を打つ島君。

でも、私が言ってるのは、そこじゃなーい!

「宿が完璧じゃない! 花開院さんになかなか連絡付かなかったらどうしてたの! もう時間遅いから宿取れないし!」
「はっはっはっ、こうしてゆら君に出会えたからいいじゃないか! ノープロブレムだよ! 有永さん!」
「ノープロブレムじゃなーい!」

私はそう返しながら決意した。
もう絶対清十字団のお泊り旅行には、ついて行かないと。



30分程歩いただろうか?
目の前に現れた立派な門構えに、思わず見入ってしまった。
リクオ君の家と同じくらい、立派な門構えだ。
それに、屋敷を囲む塀は、向こうが見えないくらい長い。

まあ、夜だから向こうが見えないのは当然だけど……。

そして、ゆらちゃんに連れられ門をくぐると、大きな屋敷が現れた。
これまた大きい。それに広い。
リクオ君の家より広いんじゃ? と思われるほどだ。
その大きさにポカンとなっていると、カナちゃんから服の袖を引っ張られた。

「舞香ちゃん、行こう。置いてかれるわよ」
「、あ、わわっ、ごめん!」

私はカナちゃんの声に正気を取り戻すと、皆に急いで追いついた。
そして、通されたのは広い板間の部屋だった。
周りを見るが、何も置いてない。
ただ広い空間が広がっている。

もしかして、ここで陰陽師が集まって作戦とか練るのかな?

そう考えながら、膝を抱えつつ座った。皆もゆらちゃんを中心にするようにして、思い思いの格好で座った。
正座をしたゆらちゃんは、私達が座ったのを確認すると、両膝の上で拳を握りしめながら話し出した。

「400年前、うちんご先祖様、妖が京に入れへんよう、8つの封印を用いて結界を張ったんや。やけど、封印を守っとった義兄ちゃん達倒されて、6つ破られてもうたのが今の現状や……」
「ゆら君のお兄さん達がっ!?」

清継君が驚愕に目を見開いた。
きっと陰陽師は妖怪に負けるハズが無いと思っていたのだろう。
ゆらちゃんは、顔を上げ清継君を見ると、「だから……」と続けた。

「今はまだ夜だけ妖怪は活動してるけど、このままだとどないなるか判らへんさかい、花開院家は仏閣神社に近寄らへんよう警告を出しとるんや」
「どうなるか判らない、と言うと……、昼も妖怪が出没するようになるって事かい!?」

清継君が嬉しそうに目を輝かせるが、巻さんが呆れたような目で突っ込んだ。

「清継ぅー、まさかそうなったら昼に出かけよう、なんて言い出すんじゃないでしょーねー?」

それに、清継君は目を泳がせた。

「は、はっはっ、まさかこのボクが君達をそんな危険な所に連れて行くハズないじゃないか」
「でも、行きたいんだよねー」

私がすかさず後ろからそう言うと、清継君は「もちろんさっ!」と拳を握りしめながら私の方に振り向いた。

「流石は有永さん! ボクの心の代弁者だね!」
「いや、清継君の思考ってそればっかだし」

そう言うと、巻さんがスクッと立ち上がり、清継君の胸倉を引っ掴んだ。

「清継〜……、あんたねぇー」
「い、いや、巻さん、さっきのは言葉のアヤさ!」

慌てて両手を振る清継君に、「本当でしょうねー」と半眼で睨む巻さん。
本当に妖怪大好きな清継君だ。
弁解をしている清継君を見ながら、溜息を付いてると、ゆらちゃんがまた口を開いた。

「昼に出る可能性は十分にあるんや。それに、封印を全部解かれたら……、予想なんやけど、京全てが闇に飲まれる。いや、それだけでのうて、日本中もそなるかもしれへん」
「日本中ーっ!?」
「そんな大変な事になってるの!?」

巻さんと鳥居さんが驚きの声を上げる。
そして、巻さんはハッとすると清継君の襟元を掴み上げた。そしてガクガク揺さぶった。

「ちょっと清継! もし封印が解かれたら私達どーなるのよ! 無事家に帰れるんでしょーね!」
「そうだよ! 清継君!」

鳥居さんも声を上げる。

「はっはっはっ、もちろんさ! マイファミリー達!」

めげていない清継君は揺さぶられながらも、両手を広げた。

「ここに精鋭の陰陽師達が揃っているんだよ!? 絶対、封印は破られないさ!」

と、黙っていたゆらちゃんが、突然スクッと立ち上がる。
そんなゆらちゃんに気付いた巻さんは、清継君を揺さぶるのを止めゆらちゃんの方に顔を向けた。
私達も立ち上がったゆらちゃんを見上げる。

「ゆらちゃん?」
「どしたの?」

それぞれ疑問の言葉を投げかけると、ゆらちゃんは何かを決意したような目をしながら、口を開いた。

「相国寺に行くんや」
「相国寺って……もしかして、封印のある場所かい!?」

吃驚する清継君へ続くように、巻さんと鳥居さんが声を上げた。

「ちょっと、そこスゲー危ないとこじゃん!」
「なんでゆらちゃんも!? 中学生だから、大人の陰陽師に任せとけばいいのに!」

私とカナちゃんも、うんうん、と頷く。
原作ではゆらちゃんが戦うのは、漫画だからか何も違和感感じなかったけど、実際目の辺りにすると、なんだか変な感じがする。
ゆらちゃんは、まだ中学生なんだから、戦いは大人に任せた方がいい。
絶対、そうだ。

と思っていると、ゆらちゃんは決意の籠ったような声音で、言葉を紡いだ。

「うちは花開院の陰陽師や。だから、敵に背を向けて逃げたらあかん」

そう言うと、ゆらちゃんは返す言葉を失った私達に背を向け、部屋から出て行った。
陰陽師は敵に背を向けたらいけないって小さい頃から、教え込まれて来たのかもしれない。
でも、教え込まれたものに目を背けず従うのも、ゆらちゃんの強い意志だ。

「強いなぁ……」

私は自分の行動を省みた。

逃げてばっかりだ。
人間だから、妖怪に変化出来ないから、と言うのは言い訳にしかならないかもしれない。
真正面から物事を受け止めた事はない。

でも、でもっ!
逃げたいのは、仕方ないっ!
うん。人は人。私は私! このスタンスは変えないって事で!
三十六計逃げるにしかずって言うしね!

私は、前を向きながらぐっと拳を握った。
と、島君がポツンと言葉を漏らす。

「そう言えば、誰も来ないっすけど、このままここで雑魚寝っすか?」

………

皆はその言葉に、足元の板間を見る。
寝るとすごく体が痛くなりそうだ。

ゆらちゃーん! カムバーック!!







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