奴良家でのやり取りが脳裏に蘇り、身体が固くなる。
緊張でこわばる私の前に、階段の下から私服を着た氷麗ちゃんと学生服を着たがたいの大きな男子生徒が現れた。
多分、青田坊だと思うけど、原作の中でも触れられてるように中学生には見えない。
氷麗ちゃんは、私を見ると真剣な表情を作り、可愛らしい声を張り上げた。
「あんたも居たのね! 皆、無事!?」
無事って……、何の事を言ってるのだろう?
言われた意味が判らず首を傾げたが、ふいに原作の知識が頭の中に蘇って来た。
そう言えば、清継君達って京都に到着した早々、誰かが妖怪に襲われてたっけ?
……って、それって巻さんと鳥居さんー!?
えぇ!? 居ないって事は、現実でも襲われたって事!?
「うそっ、どうしよう!! どこで襲われたんだろ!?」
胸の中で不安と心配が入り混じり、私は周りを見回した。
け、怪我、してないよね!?
と、境内の奥の方から誰かがこちらに向かって走って来た。
巻さんと鳥居さん!?
思わず目を凝らすが、走って来たのは巻さんと鳥居さんでは無かった。
黒いフードに身を包んだゆらちゃんに、さっきまで私と一緒に居たカナちゃんだった。
必死に走り来る2人に、目を瞬かせる。
何かに、追われてる?
と、ゆらちゃんは後ろに向かって何かを喋り、再びこちらに顔を向けた。
私達の姿が目に入ったのか、ゆらちゃんは驚きに目を見開く。
「花開院さん、カナちゃん! どしたの!?」
そう問いかけると、咎める様な声音でゆらちゃんから返事が返って来た。
「雪女に、有永さん!! どうして、あんたらもここに居るんや!」
「どうしてって……」
「陰陽師娘! あんたこそどうしたのよ!」
ゆらちゃんは氷麗ちゃんの言葉に返事を返さず、引っ張っていたカナちゃんを私の身体に押し付けた。
「わっ!」
「きゃっ!」
「家長さんを頼むで!」
早口でまくしたてると、ゆらちゃんは後ろへと振り向き、人型の式神を構えた。
それを見た氷麗ちゃんも、ゆらちゃんの横に並び、厳しい顔つきで暗闇で先が何も見えない奥の方を見つめる。
ゆらちゃんが戦闘態勢に入ってるって事は、2人を追いかけていたのって妖怪!?
私は、お母さんの血が入ってるけど、妖怪に自在に変身できないから、今は役に立たない。
真正面から戦うなんてもっての他だ。
で、も……っ
私は涙目のカナちゃんを背中に庇うと、両手を広げた。
大事な友達は、妖怪なんかに襲わせたくない!
身体を張ってでも、守りたい!!
怖いけど、怖いけど、守りたい!
「カ、カナちゃん! 絶対守るから、私の背中から離れちゃダメだよ!」
「う、ん、でも、舞香ちゃんが……」
「私なら、大丈夫!! 結構、頑丈と思うから!」
そう。お母さんの血が入ってるから、多少怪我しても死ぬ事は無いと思う。多分っ!
私は、緊張に顔をこわばらせながらも、きつい目で境内の奥を見つめた。
と、闇から滲み出るように、巻さんと鳥居さんを腕に捕らえた2匹の妖怪が姿を現した。
顔はいびつで醜く、肌の色も人間では有り得ない色を有している。
その妖怪達にゆらちゃんと氷麗ちゃんは、揃って技を繰り出した。
「我が式神廉貞よ……。我が身の為に力となり、闇を滅せよ! 黄泉葬送水泡銃ーっ!」
「我が身にまといし眷属……氷結せよ。客人を冷たくもてなせ! 風声鶴麗ー!」
ゆらちゃんの放った凄まじい水の弾丸が2匹の脇腹を貫き、氷麗ちゃんの放った冷気は2匹を瞬く間に氷柱へと変えた。
氷柱に変った2匹の腕から、巻さんと鳥居さんの身体がずり落ちる。
よ、かったー……っっ
巻さんと鳥居さんが助かった事に、ほっと息を付く。
氷麗ちゃんとゆらちゃんは、気を失っている2人の身体を近くにある灯篭へと凭れかけさせた。
そして、汗を拭う仕草をした氷麗ちゃんは、氷柱となった妖怪の姿が畏れを失って形が崩れ去るのを見つめる。
「信じられない……。なんでこいつら堂々と人間を襲ってるのかしら?」
その言葉に、ゆらちゃんは、表情を厳しい顔つきへと変化させた。
と、背中にかばったカナちゃんが、私の服をツンツンと引っ張った。
「舞香ちゃん、ど、どうなったの……?」
震える声で尋ねるカナちゃんに私は後ろを振り向いた。
カナちゃんは、すごく怖かったのか、目をぎゅっと瞑っている。
私は安心させるように笑顔を作ると、明るい声で口を開いた。
「大丈夫! 花開院さんが妖怪やっつけてくれたよ!」
「ほ、本当……?」
恐る恐る目を開くカナちゃんに、私は深く頷いた。
「うん、ほら!」
妖怪が居たところを指さすと、カナちゃんは何も居ない空間を見つめ、ほうっと肩の力を抜いた。
「良かったぁ……」
と、境内の奥から「おーい」と言う掛け声と共に、こちらに向かって手を振る清継君と島君が姿を現した。
そして、清継君はゆらちゃんの姿を見つけると何故か、嬉しそうに目を輝かせる。
ん? エースに会えて、嬉しいのかな?
そう思っていると、清継君はゆらちゃんに急いで駆け寄り、両肩をガシリッと掴んだ。
「ゆら君! ちょうど良いところに!! 君に連絡をしようと思ってた所なんだよ!」
ゆらちゃんは眉を顰め清継君を見、そして島君を見た。
「なんで……、みんなおんねん……っ。今の京都はほんま拙いんやで……」
「どういう事だい? ゆら君?」
不思議そうに首を傾げる清継君に、ゆらちゃんは搾り切るように声を出した。
「妖に……、おかされつつあるんやっ! 今の京都は……!!」