奴良家から帰ると私は、急いで自分の部屋に駆け込んだ。
そして、ベッドの傍に座り込むと頭をベッドの縁に凭れかけた。
もう涙は出ないけど、胸が痛い。
私は胸を押さえながら、頭をぶんぶんと振る。
唇を噛み締め、頭を上げた。
「うー、メソメソしてても始まらない! 元気出そう、私! リクオ君に近寄れないのは、悲しいけど、考えたら良い機会っ!」
そう。近寄らなかったら、リクオ君を好きって気持ちも出ない。
平穏に生きていける!
「まあ、友達として遊べないのすごく寂しいけど、でも、友達はリクオ君だけじゃないしっ!」
私は両頬をベシンッと強く叩く。
「よしっ! リクオ君の事は、忘れる!」
そう決意すると、さっそく思考を切り替え、漫画を手に取った。
数日後、清継君から連絡があり、3日後に京都へ出立するという事だった。
私は早速旅行の用意をする。
着替えは一週間分。そして簡単な小物と、暇な時に遊べるトランプとかをリュックに詰める。
そして、私はまだ見ぬ未知の肉料理に思いを馳せた。
「肉料理、どんなのがあるんだろ? 楽しみー!」
肉料理の事を考えるとドキドキワクワクした。
早く当日にならないかなー、と3日間ずっと思っていると、あっと言う間に出発の日がやって来た。
何故か夕方、浮世絵町駅に集合との事だったが、肉の事で頭がいっぱいだった私は、細かい事は気にも止めなかった。
浮世絵町駅に集まったのは、清継君、島君、巻さん、鳥居さん、そしてカナちゃんに私の6人だった。
「やあやあ、皆、良く集まってくれたね! 準備万端かい!?」
おー! と皆揃って声を上げる。
「それじゃあ、みんな。魅惑の都、京都に出発だー!」
テンションマックスの清継君の号令に、再び皆が おー!と声を上げる中、私の隣に居るカナちゃんが周りをキョロキョロと見回していた。
「どしたの? カナちゃん。何か落とし物?」
そう問うと、カナちゃんは口元に手を当て、眉を下げながら首を振る。
「ううん。リクオ君、来てないなぁって思って……。もしかしてまた遅刻かしら?」
リクオ君の名前に、心臓が強く飛び跳ねたけど、私はそれをスルーし、首を傾げた。
「さあ? リクオ君と連絡なんて取ってないから、わかんない。あ! 清継君に聞いてみたら? ほら、旅行についての連絡、清継君が全部してたし、何か知ってるかも!」
そう言うと、カナちゃんはコクリと頷いた。
「うん。そうだよね! 清継君に聞いてみる! ありがとう、舞香ちゃん」
「あはは、お礼を言われるほどじゃないよ。あ、ほら早く聞かないと出発の時間になるかも!」
「あ! ホントだわ!」
カナちゃんは、慌てて島君と雑談をしている清継君に駆け寄って行った。
私は、ふう、と息を吐き出した。
リクオ君の事忘れるって決めたのに、なんで私の心臓、リクオ君の名前に反応するんだろう。
リクオ君の事なんて、気にしない。気にしない。
私は、目を閉じ、自分に言い聞かせた。
良し! 大丈夫!
パンッと両頬をはたくと、カナちゃんと話しが終わったのか清継君達が改札口に向かって歩き出したので、私も慌てて後ろに続いた。
新幹線で3時間弱かけ京都駅に着くと、清継君はタクシーを2台拾い、京都祇園の九坂神社へと行先を指定した。
九坂神社の前で降ろして貰うと、20時過ぎなので、辺りはもう暗闇に包まれていた。
しかし、清継君は目的地に着いた事でテンションは再びマックスへと跳ね上がっていた。
「見たまえー! 諸君!! 『ミッドナルド』の色が白ベースだ!! 『ノーソン』も白地に黒だー! 素晴らしい! これこそ京都! 清十字団イン京都ぉー!!」
「元気っすね。清継君」
大声を張り上げる清継君を見ながら島君は感心したように口を開く。
私はそんな2人を見ながら、人差指で片方の耳に耳栓をした。
「清継君。夜に大声張り上げるの止めようよ。周りが迷惑! 私も迷惑!」
そう伝えると、清継君はクルッとこちらへ振り向き、拳を握りしめた。
「有永さん! ボク達は今古の都、京の地を踏んでいるんだよ!? 興奮しなくてどうするんだい!!」
「別に興奮しなくても、いいと思うよー?」
「ふむ。有永さん、今日はなんだかテンションが低いようだね。トイレを我慢しているのかい?」
「我慢してないよ! 普通ーっ!」
そう清継君と言葉を交わすと、清継君を先頭にしながら九坂神社の門へ続く階段を上り、朱色っぽい門をくぐった。
四角い石ダイルを敷き詰めた道を歩く。
だが、夜なので周りが良く見えない。
風が境内の木々の枝を揺する音が聞こえる中、カナちゃんが恐々と口を開いた。
「ねえ、清継君。なんで夜からスタートなの?」
「はっはっはっ、それは妖怪ツアーだからだよ! 家長さん!」
ん? 妖怪ツアー? この旅行ってそういう名目だったっけ?
確か、夏休みの自由研究の為の旅行で、妖怪を巡って調べる旅?
……、あー、妖怪巡りは、妖怪ツアーとも言えるかも。
そこまで、考えが及ばなかったよ。私。
あはははー、と乾いた笑い声を漏らす私を置いて、清継君は声をまた張り上げた。
「夜でしか感じない周りに漂う妖しい気! これだったら必ず妖怪に会えると思わないかい!?」
カナちゃんは、「うぅ……やっぱり来なきゃよかった ……」と肩を落とす。
私は、暗い闇に沈んでいる境内を見回した。
別に妖しい妖気は感じない。少し肌寒いだけ。
って、あれ?
巻さんと鳥居さんが居ない?
「どこ行ったんだろ? まだ門くぐって無いのかな?」
数十メートル後ろの門を見る。
だが、2人が姿を現す様子は一向に無かった。
どうしたんだろ?
もしかして、階段踏み外してたりとか?
少し心配になり、私は「ちょっと巻さんと鳥居さんの様子見てくるよ!」と清継君に伝え、九坂神社の門へと駆け足で戻った。
門をくぐり、階段の下に向かって声を掛ける。
「巻さん、鳥居さん、大丈夫ー!?」
「その声……、有永?」
返って来たのは、巻さんや鳥居さんの声ではなく、可愛らしい氷麗ちゃんの声だった。
……、つ、らら、ちゃん!?