翌日、クーラーの効いたお父さんの車に乗り、リクオ君の家へと向かった。
もちろん、お見舞いの品はお父さんが買ってくれた。

ありがとう、お父さん! お父さんが何者でも、やっぱ頼りになるー! 


奴良家に着いた私とお父さんは、出迎えてくれた若菜さんにリクオ君の部屋へ案内された。
改めて見てみると、リクオ君の家はものすごく広かった。
以前来た時は、お母さんに急かされたりしたので、気が付かなかったけど、こうして若菜さんの後について長い廊下をてくてくと歩いていると視界に入って来た庭はすごく壮大だった。
それに、すぐにリクオ君の部屋には着かない。
左手には広い広い庭。右手には障子の閉じられた部屋が幾つも連なっている。まるで時代劇に出て来る武家屋敷の中のように。
まあ、こういう古い形式の屋敷の名前は武家屋敷という単語しか知らないから、そう言い表すしかないけど。

あっ! あの池はもしかして、河童が住んでる池?
おぉ! あの大きく立派な枝垂れ桜は、いつも原作の夜リクオ君が座っている枝垂れ桜!?

足を動かしながらも視線をあちらこちらに動かし、鼻息を少し荒げていると、前を歩いていた若菜さんの足がある部屋の前でピタッと止まった。
そして「リクオー、入るわよー」と声を掛けるとそっと障子を開けた。
しかし、リクオ君の反応は無い。
若菜さんは、私とお父さんの方を振り返ると困ったように笑った。

「ごめんなさいねー。リクオったらおじいちゃんと遊んでて頭ぶつけて気絶したらしいのだけど、まだ目を覚まさないのよ。お寝坊さんよね」

頭をぶつけた?
この時期に頭をぶつける事件なんてあったっけ?

私は原作を思い出す。

頭を打つ……無い。おじいちゃんと、いやぬらりひょんさんと遊ぶ? それも無い。
寝込むって言ったら……。あ。

リクオ君自身に己の力の弱さを実感させる為に、戦った場面ならある。
京都に行くには、リクオ君の力はまだまだ弱いと。

って、なんで私その場面忘れてたの!?
思い出してたら、2日後くらいに起きるだろうから、お見舞いに行くなんて言わなかったのにー!

心の中で自分の行いを後悔していると、若菜さんから「顔だけでも見てやって!」とリクオ君の部屋に通された。
初めて入る部屋だったが、原作に描かれていた部屋とそっくりだった。
左手には年代物の桐箪笥に色々な本が並べられた本棚。そして右手には制服が掛けられた衣紋掛けに勉強机。そしてその後ろにはまた本棚が置かれていた。
その中、部屋の中心に布団が敷かれ、リクオ君は目を閉じ眠っていた。
胸が何故かきゅっと痛くなる。

「リクオ君……」

原作でこの場面を見た時は別に何も思わず読み進めていたが、実際眠っているリクオ君を見ると心配と不安な気持ちがわき出て来る。
と氷麗ちゃんの可愛らしい声が突然上がった。

「有永ーっ!? どうしてここに居るんですかーっ!?」

その声の方に視線を移すと、リクオ君の眠っている布団の向こう側に正座した氷麗ちゃんが居た。
きっと昨日から付きっ切りで看病していたのだろう。
って、リクオ君の事ばかりに目が行って、傍に居る氷麗ちゃんの存在に気が付けなかった。

ど、どれだけリクオ君の事で頭がいっぱいなの!? 私ー!!

心の中で自分に突っ込んでいると、若菜さんはコロコロ笑った。

「舞香ちゃんと舞香ちゃんのお父さんは、リクオのお見舞いに来て下さったのよ」
「え、え!? そうなんですかー!? でも、なんで有永、さんが若が倒れた事を……」
「うふふ。おじいちゃんが連絡してくれたのよ。なにしろリクオにとって大事な人ですもの!」
「えぇえ!? ちょ、若菜様!? それってどういう……!?」

ぐるぐる目を目いっぱい見開いて驚きの声を上げる氷麗ちゃんに、若菜さんが「あら? まだ内緒だったかしら?」と首を傾げる。
私はその中、若菜さんの言葉に心の中で、うんうんと頷いた。

うん。私にとってもリクオ君は大事な友達だし、リクオ君にとってもそうだったのだろう。
なんだかそれが、普通の友達と言われるよりもすごく嬉しい。

若菜さんに促されるままお父さんと2人でリクオ君の眠っている布団の傍に座る。
リクオ君の寝顔をそっと伺うが、顔色も普通。目立った怪我をしてる様子もない。
ただ、眠っているだけだ。

でも、眠っているより、いつものように澄んだ茶色の目を開けて、笑って欲しい。

そんな欲求が心の中にわき出ると同時に、胸がツクツクと痛くなった。

2日後。原作通り物事が進めば、明日には遠野の地で起きると判っていても、起きているリクオ君の姿が見たい。

なんでか判らないけど、胸が苦しくなるほど強くそう思う。
じっとリクオ君の顔を見ていると、隣に座っていたお父さんが静かに立ち上がった。

「お父さん?」

視線を上げお父さんの顔を見ると、お父さんは私を安心させるように笑った。

「奴良君も大丈夫そうだし、今からここのお爺さんに挨拶をして来るよ。舞香はここで待っておいで」
「あ、うん」

素直に頷くと、若菜さんも心配げにリクオ君の様子を見ている氷麗ちゃんに向かって口を開いた。

「氷麗ちゃんもいらっしゃい。手伝って欲しい事があるの」
「えっ! で、でも、若がっ!」
「いーの、いーの! 舞香ちゃんが、居るし! ね、氷麗ちゃん」
「若菜様! 有永さんなんかに若は任せられません! 若は!」
「ほら、行きましょう、氷麗ちゃん」

若菜さんは言い募る氷麗ちゃんの腕を取り、「じゃあ、ごゆっくりね!」とリクオ君によく似た太陽な笑顔を私に向ける。
そして、氷麗ちゃんの腕を引きお父さんと共に部屋を出て行った。

「有永ー! 若に何かしたら、許さないんだからー! 呪ってやるー!」

と閉じられた障子の向こうで氷麗ちゃんの声が聞こえて来る。

氷麗ちゃん。呪ってやるは氷麗ちゃんのお母さんが原作で良く言っていたセリフだよ。

母娘って結構似るんだなぁ、と思いつつ私は再びリクオ君の方へ顔を向けた。

起きない、かな?
……、原作で寝続けてたから、起きないよねー

私はまじまじとリクオ君の寝顔を見つめた。
案外肌は日に焼けてなくすべすべな感じだ。良く見ると夜リクオ君と同じく鼻筋も通ってる。
瞼に掛かる茶色の髪がすごく柔らかそう。
無意識に手を伸ばし私はリクオ君の前髪に触れていた。

あ。サラサラだ。

軽くツン、と軽く引っ張ってみる。
しかし、瞼はピクリとも動かない。

「起きてー。朝だよ? リクオ君」

呼びかけても起きない。

やっぱり、原作通り明日まで眠ったままなんだ……

私はそっとリクオ君の頬を2本の指でそっと撫ぜる。
胸が痛い。沸き上がるこの感情は何だろう?
好き、とは違う。もっともっとリクオ君を大切にしたいような気持ち。

愛しい。

ふいに頭に浮かんだ単語が、この感情にしっくり来た。

「って、ちょっ、ちょっ、い、い、愛しい!? なんで!? なんでそんな事思うの私ー!?」

思わず羞恥に顔に熱が集まり、頭を抱えた。
凄く恥ずかしいし、自分の感情が信じられない。

だって、だって、この気持ち、好きを通り越してるー!?
リクオ君を好きになっちゃいけないのに、なんで好きを大きく通り越した気持ちを抱くようになってるの!?
リクオ君は絶対氷麗ちゃんを好きになるから、こんな気持ち持っちゃダメなのにー!!

そう思うと胸が先ほどとは違う苦しみで息も出来なくなるくらい、痛くなる。
私は、胸の痛みを耐えるように唇を噛み締めるとバッと顔を上げた。

そうだ。この気持ち、吐き出さないで溜め込んだままだから、なくならないんだ。
吐き出せば、きっと綺麗さっぱり無くなるハズ。

私は、リクオ君の方に顔を向けると深く息を吸い込み、ふうー、と吐き出す。
でも、今からする事に緊張と恥ずかしさが混じり合って、心臓が早鐘のように打つ。

大丈夫。誰も聞いてない。

私は眠ってるリクオ君の左耳にそっと唇を寄せると、今後絶対に本人に言わない言葉を口に出した。

「リクオ君、……っ、大好き。胸が痛くてたまらないほど、大好きだよ」

私は、眠っているリクオ君の瞼が微かに震えたのに、全く気が付かなかった。








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