と、私の言葉に全否定していたお母さんが、突然視線をダイニングキッチンの入口の方へ向けた。
そして微かにガチャリとドアの開く音が聞こえると共に、お母さんの姿が瞬く間に消える。
響く「ただいま」と言うお父さんの声と、「お帰りなさいなのじゃ、背の君!」というお母さんの高い声が聞こえて来る。
ふう、アツアツな2人は平常運転だ。
私は溜息を付くと、テーブルの上にぐでっと腕を伸ばし顔を伏せた。

疲れたーっ、お母さんが、中々折れないー……
どうやったら、OK貰えるだろう?

テーブルに突っ伏しながら、ぐるぐる考えていると、ふいに頭に上へ暖かい手がぽんっと乗せられた。
顔を上げ見上げると、にこにこ笑っているお父さんだった。

「ただいま。舞香」
「おかえりー、お父さんー」

ぐでっとした姿に、お父さんは、朗らかに笑う。

「ははは。どうしたんだい? やけに疲れてるじゃないか。お母さんがら聞いたけど、京都へ旅行行きたいんだって?」
「うん。皆で京都に旅行ー。でも、お母さんから猛反対されて、困ってるの。おとーさん、だめー?」

もしかして、という期待を込めて見上げるが、お父さんの後ろからお母さんが咎めるように口を開いた。

「何度も言うようじゃがダメじゃ。舞香の為に反対しておるのが、何故判らぬのじゃ! 京の結界の中はどうなっておるか判らぬ! 危険極まりない場所じゃ!」
「うん。僕の血を引いてるから無事結界を抜けると思うけど、そうだね。確かに今の京の状態は危ないね」

頷くお父さんに絶望を覚えると同時に、何故今の京都が危ないと知っているのか疑問が沸いて来た。
なので、その理由を聞いてみたくて私は、疑問を口にした。

「お父さん。なんで、今の京都って危ないの?」

お父さんは私の言葉に微笑する。

「それは舞香が一番判ってるんじゃないのかい?」
「へ?」

どういう事?
お父さんは、私が原作知識がある事を知らないハズ。
私が京の様子を知らないと思ってるから、説明してくれると思ったんだけど……
なんで、私が京都の様子を知ってるって思うんだろう?
なんで??

首を傾げてお父さんを見ていると、お父さんはお母さんに向かって口を開いた。

「芙蓉、この様子だと抜け出してでも行きそうだから、行かせてあげようか」
「背の君、しかし、危険じゃ!」
「でも、子供の行動を無暗に縛り付けるのは、してはいけない事だと僕は思うよ?」
「じゃが、大怪我でもしてしまったら、どうするのじゃ! 妾は心底後悔するぞえ!?」
「大丈夫だよ」

お母さんに穏やかな口調で言い聞かせると、お父さんは自分の胸ポケットから、透明な水晶で出来た数珠を取り出した。
そして、私の傍に置く。

「舞香。これは舞香の身を守ってくれるお守りだよ。必ず身に付けて外さないようにするんだよ」
「背の君、それは!」

お母さんが、身を乗り出して私の傍に置かれた水晶の数珠を見る。
そんなお母さんにお父さんは、にこやかに微笑みつつ頷いた。

「僕が作った数珠だよ。守りの力を込めておいたから、心配はないさ。芙蓉」
「それならば大丈夫じゃ。背の君の霊力は前世と変わらず素晴らしいものじゃからのう」

霊力?

私は、目を瞬かせながら、傍に置かれた数珠を見る。
何の変哲もない数珠だ。いや、数珠は房が付いてるけどこれには付いてない。ただ大小の水晶を円の形に繋ぎ合わせただけのブレスレットのような感じだ。
これなら、いつも腕に付けていてもおかしくなさそう。
私はそれを手に取るが、滑らかな水晶の感触が伝わって来るだけで、他には別段変わった事は無い。
これで、お父さんの言う通り効果があったら、通販なんていらないというものだ。

「うー、早く言ってくれればいいのに。以前通販でわざわざ買っちゃったよ!」
「ははは。それはごめん、ごめん。でも、今回みたいにそんなに危ないという事は無かったからね」
「……」

ん? 危険が少ない、と判断したって事は、その判断材料があるっていう事だよね?
未来に何が起こるか、知ってる……?
お父さん、何者なんだろう?
過去、僧侶だって事は聞いたけど、ただの僧侶が未来の事が判る能力なんて持ってるハズがない。
もしかして、お父さんも転生者?

訝し気にお父さんを見ていると、お父さんは思い出したように手をぽんっと打った。

「ああ、そう言えば奴良家の息子さんが、寝込んでるそうだから、明日お見舞いに行っておいで」

え? リクオ君が寝込んでる?

私は驚きに目を丸くすると、一気にお父さんへの疑問が吹き飛び、リクオ君の事柄で頭の中が占められた。

寝込んでるってなんで!?
今日、河原で会った時はあんなに元気そうだったのに!?

リクオ君が寝込んでる姿を想像するだけで、心配な気持ちで胸がきつく締め付けられるように痛くなる。

原作には無かったけど、もしかして急な発熱?
大、丈夫かな……?

様子を今からでも見に行きたい。でも、もう外は暗くなってる。
お父さんの言う通り、明日お見舞いに行くしかない。

「うん。明日、絶対連れてって。お父さん」

リクオ君の家には何度か訪れたが、正規の道を通っての訪問じゃなかったので、道を知らない。

でも……

ふいにまた疑問が沸いて来る。

「お父さん、なんでリクオ君が寝込んでるって知ってるの?」

そう尋ねると、お父さんは綺麗に笑った。

「奴良家のお爺さんから連絡があったんだよ」

って、えー!? いつの間にか、お父さん、連絡先を交換するほどぬらりひょんさんと仲良しー!?








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