どういう風に考えるとそんな結論が出せるの!? と口を開きかけると、そのまま耳に何故か吐息を吹き込まれた。

「ひぇぃっ!?」

耳元がゾクゾクして、思わず肩を竦めてしまう。

「な、な、なんで息吹きかけるのー! 離して、はなしーてーっ!」

腕から逃れようとうごうごしていると、今度は同じ方の耳をかぷっと噛まれた。

「ひやぃっ!?」

生暖かい感触にさっきより、更にゾクゾクし、その感じが身体に広がった。
そして何故か顔に身体中の血液が集まるようにすごく熱くなる。

なんで!? なんで、噛むのー!?

頭が混乱し、答えが出ない迷路に迷い込んだようにぐるぐるしていると、後ろで夜リクオ君がクッと喉で笑う気配がした。

も、も、もしかして、もしかして、またからかわれたー!?

私は、からかい防止の為、身体を出来るだけ前に倒し左手で耳を隠すと後ろを振り返った。
でも、中途半端な状態で後ろを振り返っているから、夜リクオ君の姿は見えない。
それでも、文句を言おうと口を開きかけると、夜リクオ君も前のめりになり私を抱えなおし私の左手首を掴み取った。
背中と密着した夜リクオ君の体温に、私はまたあわあわする。

「ちょ、ちょっ、くっつきすぎーっ!」
「真っ赤になっちまった耳、隠しても無駄だぜ?」

その言葉と共に、また耳の奥に吐息を吹き込まれた。

「ひょい、やめーっ!」

慌てたあまり、変な言葉を発した事も気付かず肩をまた竦めると、ククッとまた笑われた。
悔しさがだんだん胸に募って来る。
しかし、離して貰わないと反撃できない。

「うー、リクオ君! 離して!!」

まずは掴まれた腕を離して貰おうと一生懸命動かすが、少ししか動かない。

「離して欲しけりゃ、オレを押しのけりゃあいいじゃねぇか」
「待って、待って! 妖怪のリクオ君と一緒にするんじゃなーいーっ!」
「舞香は妖怪になりゃあ、強ぇじゃねぇか」
「いやいやいや、自由に変身出来ないって!」

って、言うか、妖怪になっても夜リクオ君の力に勝てるか謎だけどっ!

「はーなーしーてー!」

じたばた身体を動かしていると、何故か更に腕の力が強まった。
そして、私の肩に顎を乗せながら夜リクオ君はぽそっと呟いた。

「なんでだろうな……」
「うー、うー、ん? え?」

夜リクオ君の方に顔を向けると、私の視線に気付いた夜リクオ君は、からかうように唇を持ち上げ口を開いた。

「いや、なんでもねぇ。暴れるのも可愛いが、もうちっと静かにしねぇと舞香の親父やお袋が起きてきちまうぜ?」

可愛い、という言葉に心臓がどくんっと飛び跳ねる。
でも、即座に私を褒めるわけない! と何故か判らないけど沸きだした嬉しさに震える心を打ち消した。

いやいやいや、騙されちゃだめだ、ダメ、ダメ。きっとからかい半分で言ってるだけ。

私は、ドキドキしだす胸をそう考えて沈静化させる。

って、あれ? その後の言葉、なんて言ってたっけ?
確か、私のお父さんやお母さんが、起きてくる………。
ひーっ、こんな体勢見られたら、絶対お母さん思い切り怒るーー! 優しいお父さんもこの体勢を見たら、絶対私の味方はしてくれない!!

サーッと顔から血の気が引いて行く。

どうしよー!! って、冷静に考えて! 私!

「リクオ君が離してくれれば万事解決! ってことで、いい加減離してー!」
「こうしてんの嫌じゃねぇんだろ? ならいいじゃねぇか」
「いやいやいや、そうじゃなくって! 抱き着くなら好きな子でしょ!? なんでからかう為だけに、抱き着くのー!」
「わかんねぇかい?」
「わけわかんないよ!!」
「離したくねぇからに決まってんじゃねぇか……」
「はえ?」

それってどういう意味!? 抱き枕!? 抱き枕的!?
確かに、抱き枕は魅力的! 

「って、私は抱き枕じゃなーい!」
「…………おい、なに」

リクオ君が何か言葉を続けようとした時、突然左側にある窓がガラッと開いた。

ガラッ? ……あれ? 私って戸締りしてたよね? 
て、言うか夜リクオ君も入り込んでたし、もしかして戸締りするの忘れた!?

ぽかんとしながら、開いた窓を見ると、そこから背に黒い翼を生やし、黒い着物の上から戦国時代の武将が着るような鎧を纏った黒髪の青年が姿を現した。
頭には修験者が付けるような黒い頭巾をかぶっている。

あの黒い翼! それに戦国時代の鎧を纏った姿! もしや、もしや、黒羽丸ー!

絵ではなく、現物を初めて見る姿に、はー、と感動していると、夜リクオ君からむにっと右頬をつままれた。

「ちょっ、何すんの!?」

夜リクオ君の腕を掴んで押しのけるとそれは簡単に外れた。
と、窓枠を乗り越えて部屋に入って来た黒羽丸は夜リクオ君と私を見比べ、真面目そうな顔の眉間に皺を寄せる。

「若。何をやってるのですか。婦女子の部屋に……」
「おう、黒羽丸。……休憩だ。休憩」

黒羽丸は大きな溜息を吐き出す。
そして、私達の目の前で跪くと私の後ろに居る夜リクオ君を見上げた。

「若。親父がリクオ様に火急知らせたい事があるとの事。急いでお戻り下さい」
「火急……?」

夜リクオ君はしばらく考え込み、何かに思い当たったのか、「ああ……」と応えた。
そして、私はやっとリクオ君の腕の中から開放された。
ほっと安堵の息を付く私に、夜リクオ君は片手を上げると「またな」と言い、黒羽丸と共に窓の外の闇へと溶け込むように去って行った。

はぁ、どきどきの嵐が去ったー……

あわあわしていた思考が元に戻って行くのを感じる。
と、はたと自分の姿を思い出した。
寝ていたので、アソート柄のサテンパジャマだ。
羞恥に顔へと血が集まる。

うわわわー! 夜リクオ君と黒羽丸にパジャマ姿、見られたぁーー!
は、は、恥ずかしすぎるー!!

私は柄にも無く、顔を両手で隠すとベットに倒れ伏した。

くう、これも夜押しかけて来た、夜リクオ君が悪いー!
今度、絶対、逆襲してやるー!

顔を伏せた枕を横からぺしぺし叩きながら、私は固く決意した。
だが、黒羽丸と夜リクオ君が土足で入って来ていた所為で、明日、土で汚れた絨毯をお母さんに咎められる事になるとは、予想もしてなかった私だった。








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