夜リクオ君は鼻を片手で押さえながら、憮然とした表情で口を開いた。

「元気そうじゃねぇか……」
「う、え? あ、うん。元気、だけど?」

目を見開いたまま、答えると、夜リクオ君は腰を上げ私の前に立ち懐から小さな紙袋を取り出した。
そしてそれを私の目の前に差し出す。

「薬だぜ」
「へ?」

思わず間の抜けたような声を出してしまう。

どこも悪くないのに、薬? なんで??

首を傾げていると、夜リクオ君は自分の前髪をくしゃりと掴み、何故か別の方向を見る。

「……、今日、腹が痛くて来れなかったんだろ?」

お腹……お腹……

しばらく考え、清継君との電話を思い出し、手をぽんっと叩いた。

「あー! そう言えばそうだった!」

お腹痛くて行けない!って言ったんだった! 

「ありがと! リクオ君!」

私は仮病だと悟られぬよう、笑顔で薬を受け取った。

いや、だってせっかく薬持って来てくれたんだし! それに、仮病ってバレたら、怒られそう!
でも……

私は目鼻立ちがすっとしているリクオ君の端整な顔をじっと見る。

以前も薬持って来てくれたよね? 
からかわれたけど!
もしかして、夜リクオ君も結構優しい?

と、私の視線に夜リクオ君は、何だ? と言うように微かに首を傾げた。
私は慌てて両手を横に振った。

「なんでもない、なんでもない! そだ、花開院さん見つかった?」
「ああ……。修業に励んでてたぜ?」

夜リクオ君は何かを思い出したかのように唇を持ち上げ笑んだ。

やっぱり原作通り昼リクオ君がゆらちゃんを見つけたのかな?
それから、あの2人との戦い?
見る限り、大きな怪我とかしてないようだけど、あの何でも溶かす水の花の攻撃は、大丈夫だったのかな?

そう思っていると、夜リクオ君がふいに口を開いた。

「陰陽師にも会ったんだが、舞香。お前ぇを襲った陰陽師って奴、こう目付きの悪ぃ奴だったのかい?」
「あ、そうそう、実際見てみると、ほんと目付きが悪いよね! ……って、あ……」

だから、なんで私の口って正直者ーー!
どうやって、言い訳する!? 今顔思い出した事にした方がいいかな? それとも、このまま誤魔化す?

頭の中でぐるぐる考えていると、何故か夜リクオ君は「やっぱりか……。くそっ……」と呟き、私の言葉はスルーされた。
そして、夜リクオ君は悔しそうに拳を握る。

「今度、会ったらぜってぇ……」

何? 何があったの!? リクオ君!?
もしかして、原作と違う事が起こった!?
いや、起こる事柄は原作の通りに流れてるから、違う事が起こるなんて考えにくい。
と、言う事は………あ、そっか!

私は再び手をぽんっと叩いた。

夜リクオ君、結果的には勝ったけど、辛勝だったから今度は余裕で勝ちたいって事だね!
夜リクオ君も年相応の男の子だったんだなぁ。うんうん。

一人、目を閉じコクコクと頷いていると、間近で「ずいぶん余裕じゃねぇか……。舞香」と艶のある低い声が聞こえて来た。
その声の近さを疑問に思い、ん? と目を開くと、いつの間に近付いて来ていたのか、すぐ目と鼻の先に夜リクオ君の端整な顔があった。

「わわっ!!」

思わず目を見開き、後ろに身体を引く。
心臓がバクバク鳴り始め、顔に熱が集中して行く。

「な、な、な……! 吃驚したよ! リクオ君! 顔、近づけすぎ!」
「いいじゃねぇか。別に取って食おうなんざ思っちゃいねぇぜ?」

た、食べる!? 今のリクオ君は妖怪だからあり得るかも!?

顔を近づけられ、焦っていたのか、まともに考える事が出来なかった。
私はその言葉に青ざめるとぶんぶんと首を横に振る。

「た、食べられる前に、私が焼肉にして食べる!」

ど、どうだ! これで、食べる気失せたよね!

冷や汗を掻きながらも、夜リクオ君の反応を伺っていると、何故かぷっと小さく噴き出した。

「え? え? え? な、何? なんで笑うの!?」

おかしい。完璧に言い返したはずなのに?

戸惑っていると、夜リクオ君は横に座り、私の腰に手を回す。
そして、ひょいっと抱えられ上げ夜リクオ君の膝の上に座らせられた。

ん? ん? ん? 何? この体勢は!?

後ろからお腹の上に腕を回され、背中にリクオ君の体温を感じる。
すごく恥ずかしくて恥ずかしくて、また顔に熱が瞬時に集まった。

「リ、リクオ君! ちょ、ちょ、はなしてー!]
「やだね。こうするの、嫌かい?」

う、なんでか判らないけど、いや、じゃない。

「い、嫌じゃないけど、恥ずかしい!」

と、正直者の口が言ったあとで、はっ!と自分が口にした言葉の意味に気付く。

い、いや、この体勢は恥ずかしいけど、うー、なんて言うか、嫌悪感なんてなくて……っ

ぐるぐるしていると、夜リクオ君がフッと軽く笑った。

「嫌じゃねぇなら、いいじゃねぇか」
「いやいやいや、そんな問題じゃなくて、そもそも何で私を抱っこするのー!?」
「してぇから」

は?
夜リクオ君、人を抱っこしたかったの?
むー、それなら、いつも傍に居る氷麗ちゃんとか抱っこすればいいのに。

そう考えたとたん、胸が潰れるほど痛くなる。

……、あれ? なんで、胸がこんなに痛いんだろ?
夜リクオ君は好きにならないって決めてるのに?
うー、胸の痛みなんて、無い、無いっ!
それより先にこの体勢から、抜け出さないと!

私は横にある夜リクオ君の二の腕をぺしっぺしっと叩いた。

「リ、リ、リクオくん! パトロール! パトロール行かなくていいの!?」

そう、原作ではこの時期、確か街のパトロールに出てたはず!
私に構うより、パトロール行ってー!

と、少し訝し気な声音で「なんで知ってんだい?」と言われ、自分の失態に思わず頭を抱えてしまった。

考えてみれば、この事は一部の妖怪しかしらなかったハズ。
まずい、まずい! どうしよう!! 良い言い訳が思いつかない!!!
くうっ、と、と、取り敢えず、笑顔で押し通す!

私は冷や汗を掻きながらも、明るい口調で言葉を返した。

「い、いや、なんとなく! そうなんとなくだよ!」

あはははー、と笑うと、何故かお腹に回された腕の力が強まった。
そして、左肩に顎を乗せて来ると艶やかな低い声で耳元に囁かれた。

「舞香。そんなにオレの事が気になってたのかい……?」

へ?







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