目を瞬かせていると、夜リクオ君が氷麗ちゃんに向かって静かな声音で口を開いた。

「止せ。氷麗」

しかし、氷麗ちゃんはキッとお母さんを睨むと夜リクオ君を庇う様に片腕を上げた。

「いいえ! 若、お下がりください! 雷獣は私が!」

そんな氷麗ちゃんに夜リクオ君は「おい……」と呆れたような視線を向ける。
と、私と向かい合っていたお母さんは、氷麗ちゃんの方へ身体を向けた。
そして鋭い声をあげる。

「童(わっぱ)。なんじゃこの女は。けたたましいのう。潰して良いかえ?」

身体を氷麗ちゃんの方に向けた所為でお母さんの表情は見えないが、声音からして、きっと不愉快げに眉を寄せてそうだ。

「なっ! 私は雷獣などに負けません!」
「ほう……? 力の差も判らぬ小娘じゃ。判断を誤るとこの先存在できぬようになるぞえ?」

お母さんは、身体に小さな雷をパリパリッと纏いつつ立ち上がった。

「ちょ、お母さん!?」

私は慌ててお母さんの両足に腕をがしっと回して止める。

いやいや、今、私達リクオ君の家にお邪魔してるんだよ?
暴れちゃだめー!

「舞香。小物に舐められたら終いじゃ。きちんと上下関係を教え込むのも力有る妖怪の仕事じゃぞ?」
「いやいやいや、その前に氷麗ちゃんはリクオ君を慕う妖怪だから! リクオ君を守ろうとしてるだけだよ!」
「じゃが、喧嘩を売られておるのじゃぞ? 生まれて50年も存在してない小娘にのう」

と、私達のやり取りを茫然として見ていた氷麗ちゃんが、何故か驚いたようにぐるぐる模様の目を見開いた。

ん? なんで驚いたような目で私を見るんだろ?
なにか驚くような事言ったっけ?

お母さんの足にしがみつきながら、心の中ではて?と首を傾げる。
と、今まで黙っていた夜リクオ君が、口を開いた。

「氷麗……、雷獣はオレの客だぜ? 客に手ぇ出すつもりかい?」
「いや、リクオ君。それ先言おうよ」

思わず半眼になり、突っ込んでしまう。

いや、氷麗ちゃんが大人しくなるの待ってたんだと思うよ?
でも、そのセリフ、もっと前に言っとけば、お母さんももっと穏やかな対応してたと思うよ!?

そう思っていると、氷麗ちゃんが素っ頓狂な声をあげた。

「え? え? えぇえええーーーーっ!? お、お客ですかーー!?」

つららちゃんは、夜リクオ君とお母さんの顔を交互に見る。

「だ、だって、みんなが雷獣が攻めて来たって、え? え? えぇえっ!?」

んー? お母さんが攻めて来たって奴良組の妖怪達が騒いだら、そりゃ氷麗ちゃん、リクオ君の事が心配で守ろうとすると思うけど……
他の妖怪達が出て来ないよね?
初めてこの家に泊まった時会った首無さんとか、見た事ない青田坊さんとか黒田坊さん。
もしかして、どこかで様子を伺ってる?

そう推察していると、夜リクオ君が落ち着いた声で氷麗ちゃんを宥める。

「落ち着け……。氷麗」
「は、はい……。で、でもリクオ様……」

薙刀を消し、迷いのあるような目で、本当に客なのか?と伺う氷麗ちゃんにお母さんはそっけなく言い放った。

「妾はただ舞香を迎えに来ただけじゃ」
「迎え、ですか?」
「ああ、だが舞香は怪我してたみてぇだから、鴆を呼んでんだ……」

いや、たんこぶです。

思わず遠い目をすると、こちらに向き直り再び腰を下ろしたお母さんは、私の頭を撫ぜた。

「他に痛いとこなぞ無いかえ?」
「あ、うん、ないない!」

私はお母さんの気遣いがすごく嬉しくて、笑顔になると、ふいに頭を撫ぜるお母さんの手が止まった。

ん?

「舞香を襲いおった陰陽師。ほんに食い殺したいぞえ……」

お母さんの身体から静かな威圧感が滲み出る。

も、もしかして、これって殺気ー!?
本気だ。本気で食い殺す気満々だ!
よ、良かった! 詳細言わなくて! 

私は、殺気を出すお母さんから目を逸らしつつ、さっきの私グッジョブ! と自画自賛した。


しばらくすると、鴆さんが現れ診察された。
鴆さんは、原作通り髪が短く目と眉が吊り上がってる妖怪だった。
最終巻に近い漫画の表紙に鴆さんが筋肉隆々の上半身を出したものがあったのを思い出す。
現実もやはりそうなのかな? とまじまじ鴆さんの上半身を見ていると夜リクオ君が、何故か不機嫌な顔をしだしたが、その理由がさっぱり判らなかったので、気付かないフリをした。
そしてやはり診察結果は、たんこぶだった。

うん。あの攻撃受けてたんこぶ一つで済むなんて、もしかして私の身体って結構頑丈?

そんな感想を抱きつつ、おいしいご飯をご馳走になり、遅れて車で迎えに来たお父さんに連れられ、私は家へ無事に帰った。

って、言うか、またあの2人に会ったらどうしよう?
会った瞬間、全速力で逃げるしかないかな?

「よっし、逃げるが勝ちって言うし、頑張ろ!」

私は、ベッドの上で拳を握った。








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