3日ぶりの我が家。
ほんのちょっとの間、離れていただけなのに、なんだかすごくホッとする。

「ただいまー!」

玄関のドアを開けると、ダイニングキッチンのある部屋からお母さんが飛び出して来た。
そしてこちらに駆け寄って来ると私を両腕で思い切りぎゅううっと抱き締めて来た。
抱き締められるのはいいけど、顔がお母さんの豊満な胸の間に埋もれ息苦しい。

「舞香! 舞香! よう、無事で帰って来た!」 
「むぎゅー、苦しい、苦しい、お母さん、ぎぶ、ぎぶっ!」
「すまぬ。嬉しゅうてつい力を込めてしもうた」

お母さんの二の腕をぱっしぱっしと叩くと、腕の力を緩め、私と目線を合わせるとそっと私の頬に両手を添えた。

「舞香。よう顔を見せておくれ」

お母さんは嬉しそうに微笑む。
その笑顔は見惚れるほど綺麗だ。
つい、見とれてぼうっとなっていると、お母さんは首を傾げる。

「変わらぬようで、安心したぞえ? ぬらりひょんの童(わっぱ)に無体な事はされてはないかえ?」

ん? わっぱってリクオ君の事だよね?
私は旅行の間、あった事を思い起こす。別に意地悪なんてされてない。
……、俵担ぎはされたけど! あれは、お腹が痛かった……

お腹の痛さを思い出し、眉を顰めてしまう。
と、私の顔を見ていたお母さんが心配そうに眉を寄せる。

「舞香……? 顔が曇っておるぞ。何か、あったのかえ?」
「え、あ、あはは、ない、ない! 意地悪な事なんてされてないから! うん!」

ただ、からかわれただけ!

と、突如、夜の廊下の片隅で後ろから抱き締められた事を思い出す。
それと共に、肩に乗せられた顎の重さや、夜リクオ君の腕の中の暖かさが蘇って来た。
急激に顔が熱くなる。
と、急にお母さんの目に怒気が宿った。

「舞香!? その顔はやはり何かあったのじゃな! 話すのじゃ! 舞香!」

強い口調で詰め寄られ、慌てて私は両手を横に振った。

「う、や、なんでもない、なんでもない!本当に!」
「……。わっぱに口止めをされたのじゃな。少し待っておれ、舞香。わっぱに少し灸を据えて来るでな」

お母さんは私の頬から手を離すと、エプロンを外し始める。

「わー、わー、待って、待って! 少しふざけて後ろから抱き着かれただけだってば!」

私の言葉にお母さんの動きがピタッ止まった。

どしたの!? お母さん!?

何が起こったのか良く判らず、そっとお母さんの顔を覗き込んだら、すごく無表情になっていた。しかも、目が据わっている。

「お、母さん?」
「抱き着いたじゃと……! 妾の大事な舞香に抱き着いたじゃと!! 許せぬ! あのわっぱ、仕置きじゃ!」
「ちょ、だめ、だめ! リクオ君は私をからかっただけなんだから! あ、カニ! 大きいカニお土産に貰ったんだ! ほら!」

私は慌てて傍に置いていた四角形発砲スチロールの箱を持ち上げた。
浮世絵町に帰り着き、清継君が「ボクの家でカニパーティだ!」と言い出したのだが、早く戻らないとお母さんが心配するかな?と思い、それを断り、代わりに分けて貰ったカニを持って帰ったのだ。

「ね、ね! お母さん、カニ食べたい、カニ!」
「あのわっぱの仕置きが先じゃ!」

怒り声を上げ靴を取り出すお母さん。このままだと奴良家に突撃し、妖怪に変化して、その鋭い牙でリクオ君に噛みつきそうだ。
外はまだ明るいから、きっと人の姿だ。人では、妖怪変化したお母さんには敵わない!
必死に宥めようと私は言葉を続けた。

「カニは冷蔵庫に入らないくらい大きいから、すぐ調理して食べないと腐るよ! それに食材無駄にしたら、お父さんに怒られるかもしれないよ!?」

お父さんという言葉を出すと靴を履こうとしていたお母さんの肩がピタッと止まった。

「……、お、怒られる、かえ?」

打って変わって弱弱しい声を出し、私の方を見るお母さん。
私は大きく頷く。

「ぬう……、仕方がないのう。仕置きは後じゃ……。舞香、調理の準備を手伝ってくれるかえ?」
「うん!」

”後”と言う言葉が気になるけど、止められて良かった!
私は自室へ荷物を置くと、エプロンをつけ、ダイニングキッチンへと向かった。








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