家に帰ると、お母さんは台所で夕飯の用意をしていた。
今日は焼き肉らしく、テーブルにはコンロと焼き肉プレートが置かれその横には、山のように積み上げた肉がお皿の上にあった。
キャベツやピーマンの野菜も申し訳程度に小皿の上へと盛られている。

うわぁ! あのぶ厚い霜降り牛肉! おいしそう!
口に入れたら、絶対蕩けるよね!
くうっ、涎出そう!
……、って、いけない、いけないっ!
お母さんに勉強会の事、言わなきゃっ!

私は、ダイニングテーブルに備え付けられた木製の椅子の背もたれ部分を握りしめながら、思い切ってお母さんに声を掛けた。

「お母さん!」
「おや? お帰り、舞香。今日は焼き肉じゃぞ。ちょっとしたツテで特上のものを貰えてのう。ホホ」

振り向き、艶然と微笑むお母さんは、思わず見とれる程綺麗だった。

って、しっかりしろ! 私!

ブブブンッと頭を振ると、私は本題を口に出した。

「あの、あの、ね。今度の日曜、皆で勉強会をする事になったの!」
「ほう、勉強会とな? 早く帰るなら別に行っても構わぬぞえ? 学生の本分は勉強と言うしのう」
「え、えっと、その、それが……この家で勉強会を開く事になったんだけど……」

うかつに自分の家ですればいいなんて言ってしまった、なんて口が裂けても言えない。
だが予想に反して、お母さんはコロコロ笑った。

「別に友達の2人や3人呼んでも構わぬ」
「ごめん。部活の皆を呼びたいんだけど……」

と、今度はあきれた顔をされた。

ごめんなさい。お母さん……

お母さんにそういう顔をさせたくは無かったんだけど、つい、口に出してしまったんです。

心の中で謝っていると、お母さんは不意に口を開いた。

「何人じゃ?」
「え?」
「だから何人じゃ?と聞いておろう。人数分茶を用意せねばなるまい」
「……、い。いいの!?」
「良いも悪いも、”する事になった”と言う事は、場所の提供を引き受けてしまったのであろう? ほんに、お人好じゃのう。我が君にソックリじゃ」

苦笑するお母さん。

「やった! お母さん、ありがとう!」
「しかしじゃ。この話しは我が君にもしっかりするのじゃぞ?」
「うん!」

良かったー! 怒られなくて!

お母さんの許可を得た私は、ホッと胸を撫ぜ降ろした。


そして、日曜日がやって来た。
我が家に訪れたのは、ゆらちゃんを除くメンバーだった。
清継君、島君、巻さん、鳥居さん。そして、カナちゃん、リクオ君、人間に化けた氷麗ちゃんの7人だ。
当り前だけど皆私服を着ていた。
その中、何故か私の視線はリクオ君に向かっていた。
リクオ君は英語のロゴが入ったTシャツに青のジーンズを履いていた。
何故か新鮮で、胸がドキドキし出す。

って、ダメダメ!
私はリクオ君を好きになる資格なんて無いんだから!

リクオ君から視線を外すと小さく頭を振り、皆の方に向き直った。

「皆、上がってー! リビングの方が広いからそこまで案内するよ!」

案内って言っても、廊下を真っ直ぐ行って、突き当りがリビングだけどね!

「「「お邪魔しまーす!」」」
「って、有永ん家、おっしゃれー!」
「このドア、デザイン可愛いー!」

巻さんと鳥居さんが周りをキョロキョロ見回しながら、はしゃぎ声を上げた。

「うーん? 普通じゃないかな?」

こういう家に住み慣れてるから、お洒落かどうか判らない。
そう前の家も、こんな感じだった。
多分、お父さんがお母さんの趣味を優先させたのだろう。

と、すぐ後ろから付いて来る清継君が口を開いた。

「そうかい? ボクはもっと華美で優雅なデザインが好みだけどね……」

いや、清継君の好みは聞いてないから。

リビングへ案内する為に先頭に立って歩く私は、心の中で突っ込みを入れる。
と、そんな私に清継君がふいに近付いて来た。
そして顔を近付け小声で口を開いた。

「ところで有永さん。この辺に妖怪が出るという情報をキャッチしたんだが、本当かい?」
「妖怪?」
「そう。妖怪”足売りばばあ”。いつも背中に籠を背負っていてね。出会う子供に足がいるかどうか聞くんだ。”いる”と答えると籠の中の足を取りつけられて、”いらない”と答えると足を鎌で切り取られるんだよ」
「あ」

そう言えば……!
不気味なお婆さんに追いかけられて、夜リクオ君に助けられた事がある。
あのお婆さんがもしかして、妖怪”足売りばばあ”!?

と、ガシッと両肩を掴まれ、凄い勢いで迫られた。

「出会った事があるんだね!? 有永さん! そこの所、詳しく説明してくれたまえ! 詳しくっ!」

近いっ、近いっ、顔、近い――っ!

「ダメだ!」
「え?」

ぐいっと腕を掴まれると共に後ろに引っ張られた。
後ろを振り向くと、それはリクオ君だった。








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