天華は生まれた時から銀狐だった。
母親は金狐。父親は不明。
生まれた世界には自分と母親以外に銀狐や金狐はおらず、幼少の頃は仲間であるはずの妖狐達に異端視された。
だが、持ち前の図太さでそれを笑って捻じ伏せ……いや、乗り越える。
そして、悠々自適に1000年余り生きて来た。
そんな天華がある時訪れたのが、自分の生きている場所と同じようで違う世界。
過去の時間軸の『平行世界』だった。

どこをどう間違っちまったのねぇ?

天華は肩口で緩く結った銀の髪をポリポリと掻きながら、古風な店や平屋が並ぶ道を歩いた。
と、黒髪の人々が行き交う中、一際目立つ銀の髪の人間を見つけた。
その人間は甘味屋の前に設置された長椅子に座り、次々と団子や饅頭を食べていた。
顔だけ見ると綺麗過ぎて男か女か判らないが、体格を見ると広い肩幅を持っている事から男だと言う事が判る。

男のクセに甘味が好きなんざ、珍しいヤツだねぇ……

天華は興味が沸き、男に近寄るとどこからか酒が入った大きなひょうたんを取り出し、男の隣にトンッと置いた。
男は先程まで至福そうにしていた表情を胡乱げに変え眉を顰める。

「あんた、ダレ?」
「誰でもいいだろう? それより甘味ばかり食ってて飽きないかい?」
「飽きるわけねーじゃん。甘味は正義だ!」
「そうかい? じゃあ、こいつを飲んでみな。新しい世界が広がるよ」
「は?」

男は天華が指し示すひょうたんを見る。
そして用心深げにキュポンッと栓を外すとクンクンと匂いを嗅いだ。

「酒じゃん? こんなもんで新しい世界なんか広がるはずねーだろ」

男は興味なさげにポイッとひょうたんを放った。
天華はそれをすかさずキャッチし、不思議そうな顔をする。

「味わってもみないで、なんでそう言い切れるんだい?」
「そりゃオレの新しい味覚の世界を切り開くのは甘味だけだから!」

ドドーンと荒波が打ち寄せる効果音をバックに背負いながら、そう言い切る男に相当の甘味好きなのが伺えた。
天華はその男の考え方が面白くなり、プッと吹き出す。

「クッハハハ、娘と話しが合いそうなヤツだねぇ」
「娘?」
「ああ、今年で5歳だが菓子作りが好きな可愛い私の娘さ」
「あ、オレも娘がいるんだぜ! それもとびっきり凶暴で可愛い! 絶対あいつより上の子はいねーっ!」

男は自慢げに自分の前に人差し指を立てながら、目を輝かせた。
そんな男を見ながら天華は考える。
甘味をこよなく愛する男を父親に持つ可愛い娘。
しかも凶暴?
……もしかしたら、父親に毎日甘味を勧められ辟易し家庭内暴力に及んでいるのだろうか?

「娘が不憫だねぇ……。きちんと娘の事を考えてやってるかい? たまには遊んでやるんだよ?」

自分の事を棚に上げつつ、真顔で語りだす天華。
自分は娘を放って真昼間から酒を飲んでるクセにである。
だが、それを判っている酒飲み友達の鯉伴がその息子を連れて頻繁に遊びに来るので、心配は無用。

「余計なお世話だ! 暮葉は羽衣達が見てくれてるからいーんだよ!」
「羽衣ねぇ……」
「なに。知ってんの?」
「京の羽衣狐と言えば有名さ」
「羽衣も偉くなったもんだ」

男は飄々とした表情で一人ごちる。
羽衣の名前に天華の胸の中で懐かしさが広がる。
400年前別れたきりの義妹。
魑魅魍魎の主を決める戦いの時、ぬらりひょんと羽衣、どちら側にも着けず傍観を決め込んでいた。
幼少の頃から面倒を見て来たおバカのぬらりひょんと羽衣。どちらも愛着があったからだ。
最終的にはぬらりひょんが勝った。
だが、この世界の羽衣はまだ健在みたいだ。
この男の娘の面倒を見ていると言う事は、やはり平行世界。
心根の優しい所は変わらないらしい。
天華は嬉しくなると同時に、男が羽衣に対してどのような感情を持っているのか知りたくなった。
きっと母性溢れる可愛い女性だと思っているに違いない。
まあ、晴明命な所がタマにキズだが。
そう思いつつ、天華は男に向かって尋ねた。

「羽衣狐はどんなだい?」
「態度デカイ。料理オンチ。暴力オンナ」
「……」

確かにそんな所もあるがねぇ……

「だが、ちびっとだけイイやつ?」

天華は男の答えに、自分の知っている羽衣と違い、考え込んでしまった。
そんな天華の髪を男は引っ張り立ち上がる。

「まあ、百聞は一見にしかずだから、一緒に来てみろよ」
「判ったから、引っ張るんじゃないよ。ハゲちまうじゃないか」
「ははっ。そりゃあジジイになってからだろ? 急にハゲねーって」

笑う男に結った髪の先を引っ張られながら、天華はこの世界の羽衣が居る大阪城に足を踏み入れた。


広間の中央にある上座に豪華絢爛な着物を着た女性が優雅に座っていた。
着物の裾からはみ出させた9本の長い狐の尾をゆらゆらと揺らしている。
そして両脇にズラリと強面の京妖怪達が並んで座っていた。
女性……。いや羽衣狐は目の前に居る銀髪の2人に向かって、居丈高に赤い唇を開く。

「朧。なんじゃ? その男は?」

天華は中性的な顔の所為で、いつも男と間違えられる。
それは天華にとって別に気にするほどの事も無かったので、無言でその言葉を流した。
朧と呼ばれた隣に座る男は、笑いながら羽衣の言葉に応えた。

「羽衣に興味があるヤツ?」
「なぜ疑問形なのじゃ」
「だって、オレの言う事信じてくれねーもん」
「何を言うた」
「羽衣が、態度デカイ。料理オンチ。暴力オンナって事?」
「ほお……。暮葉の前ならず他の者にもふれ回っておったのか」
「「殺す!」」
「うむ。許す。存分にやるが良い」

ちょっとした冗談だ!と言いつつ茨木童子としょうけらから逃げ回りながらしっかり応戦する朧を尻目に、天華は羽衣狐に近付くと微笑した。

「私は銀狐の天華ってもんだ。羽衣。あんたの頑張りは知ってるよ」
「何?」

訝しげに眉を顰める羽衣狐に天華は手を伸ばすと頭を撫ぜた。
驚きに目を瞠る羽衣狐に天華は目を細める。

「晴明の為に8回も痛い目に合い死んだんだ。今回は無事『晴明』を産めればいいねぇ……」
「天華……お主……」
「私は羽衣の幸せを祈ってるよ。(世界が違ってもね)」

と、羽衣狐の顔がぽおっと赤くなり、うっとりと天華を見上げた。

「天華……お主のような者は初めてじゃ。妾の夫となっておくれ」
「「「「え、えぇぇええ―――っっ!?」」」」

羽衣狐の突然のプロポーズに京妖怪達が驚愕に目を剥く中、朧はケラケラと笑った。

「ははっ。こりゃすげぇ。羽衣が恋する乙女になってら」
「天華……」

周りの喧騒をものともせず、羽衣狐は頬を染め、天華の頬に両手を伸ばした。
だが、天華はそれを片手で止める。

「羽衣。悪い。私じゃ羽衣を幸せにゃ出来ないんだよ」
「……天華……好きな女子(おなご)がおるのか?」
「あー……結婚してるんだよ」
「え! オレもまだなのに!?」

京妖怪達は一斉に心の中で、朧、突っ込むところはそこか!? と叫んだ。

そして、一時落ち込んだ羽衣狐だったが、隙あらば寝取れば良いと言う極悪な考えに至り、天華を酔い潰させる為、宴を開いた。
だが、酔い潰れたのは羽衣狐と京妖怪達だけだった。
皆が深い眠りにつく頃、天華はそっと広間を抜け出すと天守閣の上の屋根の上に佇んだ。
そして、自分の世界へと帰る為に神通力を使おうとした時、後ろから声がかかった。

「どこに行くんだ?」
「おや? 酔い潰れなかったのかい? 甘味男」
「それヤメロ。オレがまるで甘味みたいじゃん」
「カッハハハ。甘味食ったら共食いになるねぇ。で、羽衣にでも頼まれて引き止めにでも来たのかい?」
「いや。ただの月見」
「そうかい。それじゃあ、私は行くよ」
「ああ。面白いもん見せて貰ってありがとな。今度会ったら、甘味の良さをじっくり教えてやる。甘味はこの世の至宝ってな!」
「クッハハ、じゃあ、私は酒の良さを骨の髄まで教えてやるよ」

2人はニッと笑い合う。かくしてここに男同士(?)の友情が生まれた。
生きる世界が異なる2人が再会するのはいつになるのか。
それは神ですら判らない。







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