退院して自宅だというマンションに帰るとその豪華さに思わず目を見開いた。

こ、こ、こ、高級マンション。
ここに住むのって長年の乙女の夢よね!
うん。ボロアパートに住んでる私にとって、夢のまた夢だ。

部屋に入るとこれまた一つの部屋が広かった。
6畳じゃない、それ以上の広さに目がまんまるくなる。
そして部屋の中のほとんどの家具が、ホワイトで統一されていた。
真っ白ではなく、目に優しい白。
そして、所々に葉の長い観葉植物が置かれていた。

「姉さん、この部屋を見ても記憶戻らない?」

突然後ろから声をかけられ、びくぅっと肩が跳ねる。
振り向くと微笑みを湛えている灯だった。
私は、その言葉に記憶が戻るも何もこの部屋で暮らした覚え全くないし、と心の中で突っ込みながら、アハハ、と曖昧に笑う。
そして、姉だという子がどんな性格だったのか気になり、聞いてみた。

「私って、どういう性格だったの?」
「姉さん…。自分の性格も忘れてしまったんだ。ふふ…とても素敵な性格だったよ?」

素敵ってどんな性格?

抽象的な表現なので良く判らず私は眉を顰め、もっと詳しく聞いた。

「どんな風に素敵なの?」
「そうだね……。すごく真面目で真っ直ぐな性格。でもどこか抜けてて、おかしかったかな? ふふ…そして墓穴掘りの天才だよ」
「……それ、素敵って言いません!」

思わず突っ込んでしまったが、ハタ、とある事に気付いた。

ちょっと待って?
その性格、どこかで聞いたと言うか、体験した事がある気がする。

私はしばらく考えるとポンッと手を打った。

そうだ! なりきりチャットで作ったオリキャラの九曜灯の姉の性格そのまんま!
って、あれ? と言う事は今現在なりきりチャットの世界に居て、九曜灯の姉の立場に居るんだよね?
……!!
成り代わり!?
九曜綺羅に成り代わってしまったの!?
どーしてー!?

思わず現実逃避したくなった私に、灯は更に言葉を続けた。

「それに女性なのに小さな頃から男言葉を話していたかな? ふふ…もしかして、今の姉さんの方が正常かも、だね」

クスクス笑う灯に、私は肩を落とした。
九曜綺羅の設定は、まさしく灯が言った通り語尾に男言葉を話す女性なのだ。
しかも、どこか抜けているが、フェミニスト設定だったりする。

まあでも、設定はもうどうでも良い。
何の為に私はこの世界に来てしまったのだろう?
漫画や小説だったら、魔王を倒す為召喚されたとか理由があるが、今の私にはまったく判らない。
と言うか、私は力なんて何も無い、普通の人間だ。
普通と変わってると言ったら……、仕事一筋人間だという事だろうか?
いや、そういう人は私の他にたくさん居る。

「くぅっ…、何も私じゃなくても良かったじゃない! 神様のバカ!」

思わず呟いてしまった言葉に灯は首を傾げた。

「姉さん?」
「え? あ、な、な、何でも無いです! 灯君!」

慌てて首を振ると灯は柔らかく微笑し、クスッと笑った。

「ふふ、姉さんに『君』付けされて呼ばれるなんて、ちょっとくすぐったいかな? 出来れば呼び捨てで構わないよ?」
「あ、えっと、そ、そう? じゃあ……灯、で」
「うん」

私の言葉に嬉しそうに笑う灯を見ながら、なんだか胸が痛んだ。

ごめん。中身は君の姉さんじゃないの。


そして灯に自分の部屋へと案内された。
やはり壁紙やカーテンそして本棚の色は白で統一されていた。
部屋の広さも10畳はある。
しかし、置いているものが少なく、10畳以上に広く感じられた。
そう。置いてあるものはベッドにパソコン2台。そして本棚と観葉植物だけだった。
女の子らしいものは何も無い。
私は成り変わる前の綺羅に突っ込む。

おーい。いくら男っぽくても12歳の女の子なんだから、小物くらい置きましょー


「ゆっくり休んでね。夕飯の時にまた呼びにくるから」

そう言うと灯は入り口のドアをパタンと閉め、去って行った。
私は久しぶりに一人になると、深い溜息をつき、ふかふかのベッドにダイブした。
布団がお日様の匂いがして、気持ち良い。
その中、元の世界の事を考える。

仕事……。何日休んでるんだろう?
私。もしかして、このまま首!?

冗談ではない。
毎日疲れるまで働いていたが、仕事の内容そのものは、好きなのだ。
転職などしたくない。

私はどうやったらこの世界から元の世界に帰れるのか考えた。

何か方法があるはず。

きっと!


だが、何も解決策が浮かばないまま、4月の中旬に私達は浮世絵中に入学した。
私と灯、姉弟なのに何故か同じクラスだった。

普通、姉弟ならば別々のクラスになるのが普通なのだが…
まあ、深く考えまい。

自己完結した私は灯と共に1年2組の教室へと連れられて行った。
そこに待っていたのは、見覚えのある面々だった。
教壇の前に立ち紹介される間、クラスの人達を何の気なしに見回すと、どこかで見たような人が2人居た。
茶色と黒の髪。
こぼれそうな大きな目に眼鏡をかけた男の子と、肩まで伸ばした茶髪にとても可愛らしい容姿の女の子。

どこかで見たような気が?

心の中で、はて? と首を傾げていると、私はその2人の間の席に座ることとなる。
席に座ると隣の可愛らしい女の子が笑顔で自己紹介をしてくれた。

「私、家長カナ。わからない事があったらなんでも聞いて」
「あ、私はさ……じゃなく、九曜綺羅。よろしく。…ん? いえなが……?」

家長カナちゃん?
うーん。どこかで聞いたよ。そのフルネーム。
でも、まさか、そんなハズは……

私は腕を組み考え込んだ。
その姿を見た家長さんは、ん? という顔をする。
と、数分後、肩をちょいちょい、と触れられた。
誰だろう、と振り向けば明るい笑顔を湛えた見覚えのある男の子がこちらを向いていた。

「ボクは奴良リクオ。よろしくね!」

ぬらりくお……ぬらぬらぬら…ぬらりひょんの孫!?!?!?

そうだ! どこかで見たかと思ったら、私の愛読書『ぬらりひょんの孫』の主人公とヒロインじゃないですかっ!
はい。最新刊まで揃えてます。
しかも、毎週ジャンプ見てます。

…じゃない。なりきりチャットの世界だと思ってたのに、『ぬら孫』のキャラまで出てくるなんてどういう事?
ありえないっ!

頭をずきずきさせながらも、私は取りあえず主人公に挨拶を返した。

ううう、なりきりチャットの世界に来てしまっただけでも、ありえないのに、漫画の世界の住人までいるなんて…。
夢。これは夢。
でも、感覚がしっかりあるんだよね……。

複雑な思いでいると家長さんが、服の端を少し引っ張ってきた。

ん?

と顔を向けると笑顔を向けられる。

「ねえ、綺羅ちゃん、友達になろう! そうしたら一緒にお弁当とか食べれるし」

!!! なんと! 転校したての私が孤立しないためにそう言ってくれるなんて、なんて良い子!
カナちゃん。お姉さん、頭かいぐりかいぐりしていいですか!?

うずうずする手を押さえながら、私は快く頷いた。

「喜んで。じゃあ、カナちゃんって呼ばせて貰うね? あ、「ちゃん」付けはちょっと慣れてないから、呼び捨てでいいよ?」

そう言うと「そう?」と不思議そうな顔をされた。


入学1日目、可愛いカナちゃんとお友達になりました。

後ろでじっと主人公の視線感じたけど、リクオ君。君の幼馴染は取りません。

それよりも、リクオ君の頭もかいぐりかいぐり、と撫ぜたかった私。
だって、あの大きな目は可愛い!うん。
可愛いものは、愛でなくては!!
でも、お姉さんはロリコンじゃないですよー。
可愛いものが好きなだけ。

うん。機会があったら、2人の頭、撫ぜさせて貰おう。







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