私の名前は桜井綺羅。可愛らしい名前のわりには、フツーの容姿です。
そして、25になった今でも、彼氏ナッシング。
毎日、夜10時までサービス残業をしている所為かもしれない。
そう。サービス。残業してもお給料には一向に響きません。
そして、今日も今日とて残業が終わるとふらふらになりながら、ボロアパートに帰る。
月3万の格安アパートだ。
広さは6畳一間。

まあ、寝るだけだし……

私は、はぁあ、と疲れた溜息をつきながら、アパートのドアを開ける。
そして、電気をつけたのだが、そのとたん目の前にチカチカと光が飛んだかと思うと、くらり、とよろめき目の前がブラックアウトした。


目が覚めたら病院でした。
白いシーツ。白い天井。白い壁。
何かピッピッと機械音もする。
視線を右側に移動させると点滴がぽたり、ぽたり、と落ちていた。

あー…私、倒れたんだね。参った。今日の会議の資料、あそこに置いてあるんだけど、判るかな…?

そう思いつつ、ゆっくりと上半身を起こしてみる。

うん。身体は動く。

そして、どこの病院だろう、と見当をつける為、ベッドの横にある大きな窓を見た。

……ん?

私は目を瞬かせる。
窓ガラスに映ったのは、黒髪の少女だった。

あれ? 窓に映ってる子、この病室に居る?

周りを見回すが、この病室は一人用らしく誰もいない。
もう一度、窓ガラスを見る。

……
うん。しっかり居る。

私は試しに手を振ってみた。
すると窓ガラスに映っている少女も手を振った。

…………
はい!?

私は思わず窓ガラスの中の人物を見た。
サラサラのナチュラルショートを長くした感じの黒髪に少し釣り上がりぎみの目。

この子ってもしかして私ですかー!?

ふつーの容姿だったはずなのに、美人な感じの中に幼さが同居しているような容姿に変貌している自分の顔に愕然とした。

わ、わ、私、整形手術されたーっ!?
い、いや、でもなんでこんなに若いの!?
…と言うか幼い!

思わず私は自分の身体をチェックした。

……あら。Gカップの胸が縮んでます。
それはそれで楽だから嬉しいんだけど…
でも、整形だけでは胸は小さくならない。
手術の痕も無いし…どうなってんの?

自分の身に起こった不可思議な出来事に首を傾げていると、廊下からバタバタと走る音が近づいてきた。

ん? 病院内は走っちゃいけないんじゃなかったっけ?
あ。これは学校か。

的外れな事をつらつらっと考えていると、バタンッとドアが突然開き、看護婦さんが3人も現れた。

……。
えー…っと、何事?

はてー? と更に首を傾げていると、看護婦さん達は私を見、年長らしき看護婦さんが2人の看護婦に指示を出した。

「至急先生を呼んで来て!」
「はいっ!」
「そして早く九曜様にご連絡を!」
「はいっ!」

そう指示した看護婦さんは、私にゆっくり近づいて来る。
そしてにっこり笑うと柔らかい声音で私に話しかけて来た。

「綺羅様、目を覚まされて良かったですわ。綺羅様は丸3日眠り続けていらっしゃたのですよ」
「えっ!?」

3日!? 3日も無断欠勤っ!?!?

私は驚きに目を見張る。
これは絶対に会社に迷惑かけてる!

「す、すいません! 電話かして頂けませんか? 会社に連絡をしたいのですが!」

切羽詰まった私の言葉に看護婦さんは、目を瞬かせ、そして眉を寄せると私の額に手を当てた。

「微熱程度…だと思いますが、綺羅様、どうなされました?」

首を傾げながらも問われ、何がなんだか判らなくなる。

どうなされた…って、いや、それより『様』って?
ううん。そんな事どーでもいい!

「いえ、私、一人暮らししているもので、倒れてここに運びこまれても、会社には連絡が行ってないと思いますので…連絡を」

私の言葉に看護婦さんは、突然口元に手を当てた。
そして「すみません。少し失礼致します!」と言って出ていった。

あーっと…、私、何か変な事言った?
ただ連絡したいって言っただけなのに…

私は漠然とした不安が胸の中に広がるのを感じた。

もしかして……私、ガンとか?


その後、今度は先生と5名くらいの看護婦さんがゾロゾロとやってきた。
そして、重度の記憶障害と診断された。

…はい? 記憶障害?? 意味が全く判らない。
記憶ならしっかりあるんだけど……

困惑していると、またドアが開き、金髪に深緑の瞳を持つ美少年が入ってきた。
その金髪はその少年が一歩踏み出す度にサラッと揺れた。

うん。とてもサラサラだ。
しかも美少年!
漫画の中だけかと思っていたけど、現実にもこんな美少年居るんだなぁ…

ふむ。とその少年を見ながら妙な事に感心していると、その少年はベッドの横に座り私をその深い緑色の目で見つめた。

「綺羅姉さん。おはよう。遅いお目覚めだね。」

そう言いつつ、少年はクスクス笑う。

は? 姉さん? 私は一人っ子です!
……って、あれ? この少年の顔、どこかで見たような?

私が首を傾げると、少年は不思議そうな顔をした。

「僕の事、覚えてないの?」

覚えてない? と聞かれても、今が初対面なのだから、知らないのは当たり前だ。
私は取りあえず素直にコクリと頷いた。

覚えていないと言うか…知りません。
知り合いにもいません。こんな美少年。

でも、この美少年…どこかで見たかと思ったら、私の作ったなりきりチャット用のキャラ、九曜灯に似てるんだよね。
まあ、数年前に作ったっきりだったから、おぼろげだけど。

心の中であははー、と笑っていると、少年は医師に私の症状を聞き頷く。
そして、私に向き直ると私の事や少年自身の事を教えてくれた。

私の名前は、九曜綺羅。そして少年の名前は”灯(あかる)”。
自分たちは、双子の姉弟だということ。
そして、年齢は12歳。
今年からこの町の中学に入学予定だということだった。

……え? え? え?
12歳ーっ!?
と言うか、私、若返ってなりきりチャットの世界に来てしまった!?!?

思わず心の中でムンクになる。
でも、考え直した。

これは夢。うん。夢。
だって、現実に目が覚めたら、別の世界でした、なんてこと絶対にない!
有り得ない!!

そう思いつつ、自分の頬を抓った。

……っっっ、思い切り痛い。

その痛さに少し涙目になりながらも、愕然とした。

わ、私本当に若返って、別世界に来たのっ!?

……て言うか仕事どうなるの!
誰か私を元の世界に返して―――っ!


そして、私が退院した4月某日。
私と弟の灯は、少し遅れて浮世絵中という中学校に入学した。


ん? 浮世絵中…? どっかで聞いたような気が……?







- ナノ -