「響華は父さんと会いたく無いの?」

皆が見守る中、私は心が揺れる。

お父さんに会ってみたい。
でも、連れて行かれたら、きっとここには帰れなくなる。
そういう予感がする。

「私は・・・」

その言葉に返事をしようとすると淡島さんがふいに口を挟んだ。

「なー、響華の親父ってこの街に住んでるんじゃねーの?」

え?

私は隣に佇む天也お義兄さんの端正な顔を見上げた。
天也お兄さんは横から口を挟んだ淡島さんを無言で睨む。

「なんで君に教えなくちゃいけないの?」
「なっ! このくそガキ!」
「キュキュキュッ・・・(落ち着け。淡島)」
「そうよ。淡島。落ち着いて」
「ムキになるのは、子供の証拠」

いきり立つ淡島さんの腕を押さえ、宥(なだ)める2人と一匹に天也お義兄さんは冷たい視線を向けていた。
私は淡島さんと天也お兄さんの間に口を挟んでいいのかどうか迷ったが、このままだとまた喧嘩になりそうだったので、先程感じた疑問を口にした。

「天也、お兄さん。あの・・・」
「なんだい。響華?」
「お父さん、遠い所に居るって聞いた事があるけど、浮世絵町に住んでるの?」
「うん。そう。いくら頑張っても行けないくらい遠い所だよ。でも響華もきっと気に入るさ」

天也お兄さんは私に柔らかく笑いかけ、頭にポンと手を乗せられた。
そして、その手からゆっくり頭を撫ぜられる中、私は首を傾げる。

いくら頑張っても行けないくらい遠いと言う事は、外国?
そう言えば、お母さん・・・妖怪だけど銀髪だし、外国でお父さんと出会ったのかな・・?

お父さんの住んでいる場所を考えていると、淡島さんの得意げな声が耳に入って来たので、淡島さんの方を見る。

「なーに言ってんだ。オレ達は妖怪だぜ! 行けねーとこは無い!」

後ろにバンッと効果音が付きそうなほど、得意げな表情をしながら口を開く淡島さん。
淡島さんの両隣で、冷麗さんと紫さんも頷いた。

「そうね。私達、遠野から走って移動したわ」
「でも、汗でお化粧が流れて困っちゃった」

眉を下げて言う紫さんの言葉に思わず「え?」と聞き返してしまう。

だって、紫さん、小さいからお化粧なんてしてないと思ったのに・・・
お化粧、してたのー!?
すごい、ナチュラルメイクかも!

そう思っていると、私の隣で天也お兄さんが遠野の人達に皮肉げな口調で声を掛けた。

「ねぇ・・・。ここに人間が居るけど、妖怪の話しをしていいの?」
「へ?」「「あ」」

淡島さんはきょとんとした目をし、冷麗さんと紫さんは袖で口元を押さえ、忘れてた、という風にカナちゃんを見た。
カナちゃんは遠野の人達へ視線を向けたまま、小さく呟く。

「妖・・・怪?」

あ!?
そう言えば、カナちゃん、遠野の人達の素性知らなかった!
ど、どう誤魔化せばいいのー!?

内心オロオロしているとリクオ君が頬に一筋の汗をかきつつも、笑顔でカナちゃんに声を掛けた。

「ア、ハハハ。カナちゃん、この人達『妖怪』っていう名の劇団の人達なんだ。ちょっと前に知り合って・・・。ね! 響華ちゃん」
「あ、え、えっと、うん。劇団の人達だよ」

私は慌ててリクオ君に相槌を打つ。
するとカナちゃんは納得したように頷いた。

「そうなんだ。だから着物着てるのね・・・」

すんなり納得するカナちゃんを見ながら、ホッとする反面、カナちゃんへ嘘をついた事への罪悪感が沸く。
なんだか複雑な気分だ。
と、カナちゃんは私の耳元へ「おトイレ貸してね」と囁くと立ち上がった。
そして廊下に続く戸に手をかけたとたん、自動的にガラリと戸が開いた。

「え?」
「ギャバ?」

現れたのは、トカゲのような顔をした雨造さんだった。
カナちゃんはそれを見ると「ひっ」と息を飲む。
そして、悲鳴を上げた。

「きゃあぁあっ! お化けぇえーっ」

悲鳴を上げるカナちゃんに天也お兄さんは「五月蠅い」と呟き、近付くと首の後ろを手刀で軽くトン、と叩いた。
するとカナちゃんは突然意識を失い、その場に崩れ落ちる。

「わっ!? カナちゃん!」

傍に居たリクオ君が、カナちゃんの身体を咄嗟に受け止めた。
そして、近くの壁に寄りかからせる。
雨造さんは気を失ったカナちゃんに興味を持ったようで、傍に座ると頬をつつき出した。
「お化け」と言われても落ち込む事なく平気みたいだ。

もしかして、妖怪=お化けの方程式が成り立っているから?

そう考えていると雨造さんは、カナちゃんの頬をつつきながらも、ニマニマとし出した。

「キヒヒ、この子可愛いじゃねーか。オイラーの嫁になるかい? 「はい」なんてーなー」

夢見るように妄想する雨造さんに淡島さんが声を掛ける。

「おい雨造。長えーぞ! 便所、いつまで入ってるつもりだったんだ?」
「オイラーの腹に聞いてくれ」

キリッとした表情で答える雨造さんだったが、指はカナちゃんの頬をプニプニとつつき続けていた。

だけどそれを見ていると雨造さんにカナちゃんを触って欲しく無い気持ちが沸いて来る。
私は雨造さんに近付くと肩に手を掛けた。

「雨造さん。あの・・・」
「ウッヒョー! 響華ちゃん。オイラーに愛の告白・・・ギャバッ!?」

目の前の雨造さんはセリフを言い終わることなく、右から左に向かって2人分の足に足蹴にされる。
それはリクオ君と天也お兄さんの足だった。
雨造さんは、淡島さんの所まで飛んで行くと、「おい、生きてるか?」と刀の柄で突かれる。
そんな雨造さんにリクオ君は爽やか過ぎるほどの笑顔で言葉を掛けた。

「ごめん。雨造。響華ちゃんが一番愛してるのボクだけだから」
「君、何寝言言ってるの? 響華が一番好きなのは、最も血が近い双子の僕だよ」
「あはは、お義兄さん。響華ちゃんはボクの・・・・・・って、えぇええっ!? 双子!?」

『双子』と言う言葉にリクオ君は吃驚したように目を見張る。
そして遠野の人達も天也お兄さんの言葉に皆目を丸くした。
私も驚きに「えっ!」と叫びそうになる。


私と天也お兄さん・・・双子、だったの!?







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