あれから数日が過ぎた。
その間、リクオ君と遠野の人達はアパートに泊ってくれていた。
大人数で寝れないので、私の部屋と居間、そしてお母さんの部屋にザコ寝だった。
もちろん布団も足りなかったのだが、夏だったのが幸いし、タオルケット一枚で事足りた。
その間、色々とあったが、楽しい数日間だった。胸がきつく痛むような悲しみが薄れてしまうほど。
そして、夏休みも終盤に差し掛かったある日の事。
遠野の人達が思い思いに部屋の中で行動している中、ちゃぶ台の上でリクオ君と一緒に夏休みの宿題をしているとインターホンが鳴った。
私は誰だろう? と思いつつ、宿題の手を止め立ち上がると、玄関に向かう。
ドアを開けるとそこには学ランを着た黒髪の少年を一生懸命支えて立っているカナちゃんが居た。
「あ、れ? カナちゃん、どうしたの? それにその人って?」
「あ、良かったあー。響華ちゃん。この人ふらつきながら、このアパート目指してたから、連れて来たの」
「…頼んで無いよ」
その少年は弱り切ったような表情の中、きつい眼でカナちゃんを睨む。
カナちゃんがそれに息を飲み怯むと少年はカナちゃんの手を振り切り、自力で立とうとした。
しかし、ふらりとふらつく。
「あっ!」
「わっ!」
慌ててカナちゃんと私は、腕を伸ばし黒髪の少年を支える。
と、黒髪の少年は私の方に顔を向かせ柔らかく笑った。
「響華。怪我はそんなに酷くなかったんだね。良かった・・」
カナちゃんは、少年のその表情を見、何故か頬を赤らめると何かを否定するかのように首をブンブンと首を振った。
だが、私はカナちゃんのその行動を深く考えず、それよりも私の事を良く知っているような少年の言葉に首を傾げた。
この人、誰だろ?
どこかで見た事があるけど・・・
はて?
私は黒髪の少年の顔をマジマジと見ながら、考える。
「響華ちゃん。誰が来たの?」
といつの間にか部屋から出てきたリクオ君が、私の肩に手を置きながら顔を覗かせた。
そして黒髪の少年を見るとすぐさま何か思い出したように口を開く。
「あれ? 君ってあの時気絶してた人? なんでここに?」
「それはこっちのセリフ・・・。なんで君がここに居るんだい?」
リクオ君を見ると険しい表情になる少年にリクオ君はにこやかな顔で答えた。
「だってボクと響華ちゃん、恋人同士だし」
あはは、と笑うリクオ君に少年は服の中から、鎖で繋がった2本の金属の棒のようなものを取り出す。
「君、死ぬ・・・?」
「おい、響華、そいつ誰だ? いやに強え殺気持ったガキんちょじゃねーか」
「キュキュッ・・・(響華の友達だろ・・・)」
と、背後から声が掛かる。
後ろを向くと昼間なので本来の男性の姿を取っている淡島さんと淡島さんの肩に乗るイタチの姿のイタクさんが居た。
黒髪の少年は目つきを更に鋭くして後ろから現れた淡島さんを睨むと私の手首をガシッと掴む。
「ここには、置いとけない。帰るよ。響華」
「え?」
良く判らずすっとんきょうな声を出してしまうが、知らない人に手首を掴まれ、私は急に怖くなった。
思わず後ずさると私の手首を握っている少年の手をリクオ君がガシッと掴む。
「離してあげてくれる?」
「そー、そー、女にゃ優しくしねーといけねーぜ?」
「キュキュッ・・・キュー?(鎌の餌食になりたいか?)」
リクオ君が少年の手を掴むと共に、淡島さんは腰に差した長刀を鞘ごと抜き少年の顎に近付け、イタクさんは少年の腕に乗り腕を組み睨みつけた。
その少年はイタチ姿のイタクさんを見ると少し目を開き、固まった。
そして、力をフッと緩め私の手首を離す。
同時にイタクさんが少年の手首から下りると、その姿を一瞬追うが、私に向き直ると静かな声で私に問いを投げ掛けた。
「もうボクの顔を忘れたのかい? 天也だよ」
私はその名前を聞き、吃驚する。
周りの皆も驚愕の声を上げた。
え? え? 天也お兄さん!?
羽衣狐と戦った時と顔が・・・違う!
前は、少しお母さんに似てたんだけど、今は全くお母さんに似て無い!
それに、髪も金じゃなくて黒・・・!
あ・・・、そう言えば私の髪も黒・・妖怪になった時だけ金だし・・・
血が繋がってるお兄さんなら私と同じ、だよね?
と、言う事は今の天也お兄さんは人間?
ぐるぐる考えていると、リクオ君がハッとした顔をした。
「あ! じゃあ、あの時の怪我してた人が響華ちゃんのお義兄さん!?」
「「兄!?!?」」
淡島さんとイタクさんは驚いた声を上げ、カナちゃんまで目を丸くし、黒髪の少年を見る。
リクオ君の言葉に、戦いが終わった後、鴆さんから治療を受けていた時運ばれて来た人の事を思い出す。
え!? え!? どこかで見た事があると思ったら、あの人が天也お兄さんだったの!?
全然、きが付かなかった!
どうしよう! 兄妹なのに鴆さんに任せっきりにしちゃった・・・!
後悔の念が沸き更にぐるぐるし出す私に向かって天也お兄さんは再び手を差し出した。
「帰るよ。響華」
「帰る・・・?」
私は一瞬何を言われたか判らずオウム返しに返答してしまう。
えっと・・・帰るって、どこに?
「父さんの所にだよ」
私の心を読んだように答える天也お兄さんだったが、私はそれを疑問にも思わずそのままお父さんの事を考え出した。
お父さん・・・!
心の片隅で気にかかっていた、お父さん。
そう言えば小さい頃お父さんは遠くに居るって聞いた事がある。
帰ると言う事は遠くに行かないといけないって事だよね?
もしそうなったら、リクオ君ともう会えない?
それは・・・嫌っ!
私はその考えに至ると首を強く振った。
それを見て天也お兄さんは言葉を続ける。
「こんな害虫だらけの所に響華を置いておけない。あっちは警備もしっかりしてるし、滅多な奴は手が出せないからね」
それでもまだ首を振るとリクオ君が横から口を開いた。
「ここでこうしてても何だし、家の中に入ろうよ。ね、響華ちゃん」
ポンと肩に手を置くリクオ君を見ると大丈夫、というふうに笑みを向けられた。
その安心するような笑顔に私は頷く。
そして、よろめくお兄さんを支えながら、アパートの中に入った。
麦茶を人数分持って来て配り終わり、取り敢えず居間の入り口近くに腰を下ろす。
するとカナちゃんがススッと近付いてきて、小声で囁いた。
「ねぇ、響華ちゃんにお兄さんなんて居たのね。初耳」
「うん。私も数日前まで知らなかったの・・・」
「ふうん? でも、似て無いわね・・・あ、ごめんなさいっ悪気は無いのよ!?」
慌てて言い繕うカナちゃんに苦笑すると私は首を小さく振った。
するとリクオ君が私の横に移動して来る。
「でも、お兄さんが会いに来てくれて良かったね」
うん。一人っ子だと思ってたら、戦いの中、突然現れたお義兄さん。
正直、会えてすごく嬉しい。
私はそれに頷くとリクオ君がギュッと片手を握った。
「響華ちゃんは・・・お父さんの所に行きたい?」
私はその言葉に首を強く横に振った。
行きたく、ない。リクオ君の傍に居たい。離れるなんていや。
「そっか」
リクオ君はホッとしたような顔をする。
と、ヌッと影が現れ、声が降って来た。
「君達、そこ、どいて・・・」
見上げるとそこには私の頭の上部の壁に手を付いた天也お兄さんが居た。
通行の邪魔になるのか、と思い「ごめんなさい」と謝りながら退こうとすると「響華じゃない・・」と呟かれる。
するとカナちゃんが慌てて場を空けた。
「あ、えっと、響華ちゃんとゆっくり話したいわよね! ど、どうぞ!」
天也お兄さんは空いた場所を見、そしてリクオ君を睨む。
だが、一つ溜息を付くと、どさりと腰を下ろした。
ちゃぶ台の傍に居た淡島さんはそれを見ながら、からかうような口調で天也お兄さんに声を掛ける。
「人間って弱えーなー。オレ達なんかあの戦いの後でもピンピンしてるぜ?」
だが、それを聞いた冷麗さんが袖で口元を押さえつつ、淡島さんに突っ込む。
「淡島・・・私怪我治ってないわよ?」
「うわっ、冷麗!? お、おめーは、別だよ、あー、その・・・くそっ! イタク、パスッ!」
「キュキュッ・・・(オレに振るな・・・)」
「ケホッケホッ・・・淡島、格好悪い」
「うるせーっ!」
遠野の皆が騒いでいるのを見、天也お兄さんは嫌そうに顔を顰めた。
「五月蠅い・・・。皆死ぬ?」
「上等だ! くそガキに目上のもんに対する態度ってもん、教えてやるぜ!」
天也お兄さんの言葉にピクリと反応した淡島さんはダンッとちゃぶ台の上に足を乗せ啖呵を切った。
それを睨みながらユラリと立ち上がりかける天也お兄さん。
え? え? え?
なんで言い合いに発展してるの!?
訳が判らず状況について行けずにいると、リクオ君が声を張り上げた。
「2人共! 喧嘩は駄目だよ! お義兄さんも落ち着いて下さい! ・・・それより、お義兄さん。響華ちゃんを連れてくって本当ですか?」
「なんで君に兄呼ばわりされるのさ? 響華は連れてく。こんなトコに居て欲しくないからね」
「わ、たし・・・」
行きたくないっ!
そう言おうとすると天也お兄さんは私をじっと見た。
「響華は父さんと会いたく無いの?」
お父さん・・・
その言葉は私の心をまた揺らした。
リクオ君・・・