リクオ君と淡島さんが畏全開で戦ったら、アパートが壊れるーっ



リクオ君から借りたシャツを胸の前でぎゅっと握りしめながら、アパートの心配をしているとガン、ゴンッと良い音が響き渡った。
いつの間にかリクオ君と淡島さんの後ろに立ったイタクさんが、手に持ったフライパンで2人の頭をはたいた音だった。

「いい加減にしろ・・・。お前ら、人ん家で何喧嘩してんだ。見ろ。響華が迷惑そうな顔してるぞ」
「「テテテ・・・」」

仲良く頭を抱えて蹲るリクオ君と淡島さんを呆れたように見たイタクさんは、フライパンを背に直すと私に隣の部屋へ行け、というように顎をしゃくった。

だが先ほどのフライパンではたかれたリクオ君。あの音から結構痛かったのではないかと心配になる。
しかし、冷麗さんと紫さんが私の背を押した。

「ほら、イタクの言う通り今のうちよ」

私は自分の頭を撫ぜながら、イタクさんを恨めしげに睨むリクオ君を見ながらも、冷麗さんの言葉にしぶしぶながらも頷き、自分の部屋に行くと襖を閉めた。
と、襖の向こうから、イタクさんが「ったく、いつの間にオレの武器(えもの)抜き取ったんだ」とリクオ君に文句を言っている声が聞こえてきた。
いつの間に武器を取り出したのかと思ったら、イタクさんの背中に背負っている武器を誰にも気付かれず抜き取ったようだった。

私はそのやり取りに気が緩み、ホッと息を付く。

でも、さっき起きた事が信じられない。
今までキスはされた事はあるけど、胸までキスするなんて・・・っ
なんで、胸にキスするんだろう? とも思うが、それより先に遠野の皆から胸へのキスシーンや肌を見られた事を思い出すと、羞恥で顔に熱が籠る。
きっと明るい所で見たら真っ赤っかでゆでだこさんだろう。

私はその熱を逃がすように頬をペチペチと叩きながらも電気を付けようとスイッチである紐に手を伸ばした。
と、急に首筋が熱くなる。
何? と思う間もなく、その熱は声も出せないような鋭い痛みに変わり、それは全身に駆け巡った。

「・・・っ」

痛みに耐えきれず、その場に崩れるように座り込む。
そして、痛む首筋を押さえようとしたが、それは何かに阻まれ、手首をガシリと掴まれた。
驚きに身体を跳ねさせるが、その私の腕を掴んだものは外れる事は無かった。
声も出ないほどの首筋の痛みも薄まらない。
何者かに手を掴まれたまま、耳元で囁かれる。

「フェッフェッフェッ・・・ワシの目を見るんじゃ」

その声と共に目の前には、大きく光る球体の形をしたものが現れた。
痛みを一瞬忘れ、驚きに息を飲んでいるとだんだんと意識が遠のいて行く。
そして、薄れゆく意識の中、声が聞こえて来た。

「お主が好意を寄せるのは憎きぬらりひょんの孫ではなく、晴明様じゃ。想うのはただ一人、晴明様だけじゃ・・・「響華?」ちっ・・遠野の奴らか・・・邪魔が入ったのう。覚えておくんじゃぞ。子狐」

想うのはだた一人・・・
せ・・い、めい?
ううん。私が心から想うのは、リクオ、くん・・・だ、け。




ふと意識が浮上すると、瞼の裏に光を感じ私は薄目を開けた。
耳に入って来たのは、鳥の囀る声だった。
目を擦り、上半身をむくりと起こすといつの間に横にいたのか紫さんが顔を覗き込んで来る。

「響華、うなされてたわ。雨造に抱きつかれる夢でも見た?」
「わ、たし・・・?」

周りを見回すと、いつもの自分の部屋だ。
そして敷いた覚えが無いのに、いつの間にか布団の中に居る。
カーテンの向こうでは雀の声がした。先程の鳥の鳴き声はこの雀みたいだ・・・。
私は無意識に首筋の酷く痛かった部分に手を当てながら、考える。

なんで私布団の中に居るんだろ?
昨日は確か、服を着替える為に自分の部屋に入ったんだよね?
それから電気をつけようとして・・・あれ? 記憶が無い。
もしかして、あまりに眠すぎてそのまま寝ちゃった!?
いや、でも、それだったら布団の中に居るはずないし・・・

ぐるぐる考えていると襖がスッと開き、白いエプロンを付けた冷麗さんが姿を現した。

「2人ともご飯よ」
「うん!」
「あ・・・え!? 冷麗さんがご飯作ってくれたんですか!? すいません!」
「気にしないで?」

ぐるぐるした考えは、お客様に食事の仕度をさせた自分への不甲斐ない思いに消えた。
ニコッと微笑んだ冷麗さんは、私と紫さんを席に着かせるとご飯をよそってくれた。
居間にもう一台のちゃぶ台を出し、2手に分かれてご飯を食べる私達。
冷麗さんの作ってくれたお味噌汁はとても美味しい。

原作では確かつららちゃんもお料理上手みたいだったけど、雪女さんってみんな料理上手なのかな?
うーん? 

真似出来そうも無い、とても美味しい朝ご飯に舌鼓を打ちつつ、つらつらと考えていると、変身を解いたリクオ君が遠野の皆に尋ねた。

「でも皆なんでここに居るの? 遠野に帰ったはずでしょ?」

その問いに男の姿に戻った淡島さんが、箸を咥えながらキョトンとした目でリクオ君を見る。

「なあ、リクオ。京都で冷麗達に言った言葉忘れたのかー?」
「京都で?」

大きな目をパチクリとさせるリクオ君に冷麗さんは、ふわっと微笑んだ。

「あら。土蜘蛛からの攻撃で大怪我をした私達に言ったじゃない。『必ず遠野への恩はかえす・・・!!』って。だから浮世絵町に皆で遊びに来たのよ。リクオに世話して貰おうかと思って」
「えぇえーっ!?た、確かにそう言ったけど・・・」
「ギャバギャバー! 良い泥沼があるとこ教えろ、リクオー」

皆に突然遊びに来たと言われ、困惑するリクオ君。
その様子にもお構いなしで、次々と自分達の意見を言う遠野の人達。
その光景をみそ汁をすすりながら考える。

土蜘蛛との戦いって言うと・・・えっと、もしかして尻尾を千切られたあの時?

あの時の痛みを無意識に思いだし、私は眉を寄せた。
と、隣に座っていた紫さんが声をかけてきた。

「響華のおすすめの場所はどこ?」
「おすすめ・・・?」

紫さんは私の言葉に黒眼が多い瞳でこちらをじっと見、私の返答を待っていた。
私はそれに慌てておすすめの場所を考える。
カナちゃんと行く洋服店とかアクセサリー店はきっと男の人には、退屈だろう。

他におすすめと言うと・・・
うーん?

お店を考えているとリクオ君が口を開く。

「じゃあ、今日はボクが街の中を案内するよ」
「よし! 高いメシおごれよ!」

リクオ君の背中をバンバンと叩く淡島さん。
そして、何故か私も浮世絵町巡りに同行させられた。



リクオ君に手を取られながら、街の雑踏の中を遠野の皆と一緒に歩いた。
遠野の4人と一匹は周りの皆に奇異の目で見られている事に気付く。
多分、というかきっと、主に雨造さんの格好が注目を引いているのだろう。

うん。妖怪さんに慣れ過ぎて普通の方の反応を忘れてました。

心の中で遠い目をしていると、リクオ君もしまった、忘れてた、という顔をし、乾いた笑い声を零す。

と、私達の前を行く4人と一匹が信号を渡りきった所である幼稚園児の男の子から指指される。
子供は雨造さんを指指し、とても嬉しそうな声で「仮面ラ○ダーだー!」とはしゃいだ。
あっと言う間に子供達に囲まれる雨造さん達。
遠野の皆は淡島さんを筆頭にして子供が嫌いじゃないみたいで、表情を不機嫌にしつつも子供たちにしっかり構ってあげていた。
その中イタチ姿になっているイタクさんは、淡島さんの頭の上に避難していたが、淡島さんがふいにかがんだ事により、子供達にもみくちゃにされた。

信号が赤になり対岸でその様子を見ていた私とリクオ君は、顔を見合わせるとその微笑ましさに笑った。

そのリクオ君の明るく胸を暖かくさせるような笑顔を見ながら、リクオ君の笑顔本当に好き、としみじみと実感をする。
と、暖かくなる胸へ水を差すように、また幻聴がどこからともなく聞こえて来た。

―――フェッフェッ・・・それは、偽りの感情じゃ。
「響華ちゃん、青になったよ。急ごう!」
「え?」

さっきの、何?

幻聴に眉を寄せるが、すぐに気の所為だと思い直すとリクオ君の言葉に頷いた。

私がリクオ君が好きな気持ちは本物。
この想いは嘘じゃない。
絶対に消えない気持ち。

大好き。リクオ君。


でも、砂山が風に吹かれ崩れ落ちるように、ある感情がサラサラと消え落ちて行っている事に私は気がつかなかった。







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