「だめっ!」

私は咄嗟に叫んでいた。
自分の部屋に勝手に入られると普通はそれに怒る所かもしれない。
でも、ワカメ君の腕の中にある物を見て怒りも何もかも消え去る。
ただそれだけは触れて欲しく無くて。
周りが見えなくなり、必死にワカメ君へ駆け寄ると羽織を掴んだ。


必死な声音に部屋の中に居た清十字団のメンバーは私とワカメ君に視線を向ける。
その中私は羽織を掴み、首を必死に横へ振った。
だがワカメ君は煌めく目をしながら更に羽織を力強く抱き締める。

「朝倉君! これはもしやボクの闇の主の羽織じゃないかい!? いや、間違いない! この手触り。この匂い! ボクの主のものだー!」
「ち・・・」

違う、と言えなかった。
『違う』と言えば、ワカメ君は諦めてくれるのに、何故か否定出来ない。
ただ、ワカメ君の言葉に身体を固まらせる。
そんな私に気付く事無くワカメ君は言葉を続けた。

「朝倉君! 主のものならばこのボクが持つべきだと思わないかい! そう。この羽織はボクにこそふさわしい!」

興奮するワカメ君に私は首を小さく横に振る事でしか答えきれない。
と、ワカメ君の頭を巻さんが本棚から出した料理の本でベシッとはたいた。

「な、何をするんだい!?」

抗議するワカメ君に巻さんはうろんな目を向ける。

「それ、響華ちゃんのでしょー? さっさと返してあげなよ。泣きそうな顔してるじゃない」
「そうだよー。それに清継君が言う主の羽織って決まったわけないじゃない。違うかも?」

巻さんの横からヒョコッと顔を出し、援護する鳥居さん。
だが、ワカメ君は諦めなかった。

「いや、ボクの目はごまかせない! これは絶対にボクの主のものさ! これを使って今度こそ主と再会をする!」

拳を握りしめ力説するワカメ君に呆れた視線を向ける巻さんと鳥居さん。
その中、リクオ君が傍に来ると頭を掻きながら笑顔でワカメ君に声をかけた。

「あはは。ごめん、これボクの。この前、響華ちゃんに貸したんだ」

その言葉に口をパカッと開け、ガーンッとショックを露わにするワカメ君。
あまりのショックの所為かワカメ君はその手からポロリと羽織を落とす。
私はそれを咄嗟に受け止めぎゅっと抱きしめた。
そして心の中でホッと息をつく。

良かった・・・

それを見ていたカナちゃんは「なんだ、そうだったんだ・・・吃驚した・・・」と胸を撫ぜ下ろす。
そしてカナちゃんの横に居たつららちゃんは、カナちゃんのその様子をじっと見ていた。

「まったく、紛らわしい真似は止してくれたまえ!」

ワカメ君はリクオ君に怒りをぶつけるようにそう言い放つと居間に戻って行った。
それに倣い皆も居間に戻って行く。
私は安心して身体の力を抜くと横に居たリクオ君に笑いかけ、お礼を言った。

「ありがとう・・・でも早目に返した方が良かったよね。ごめんなさい・・・」
「いや、ずっと持っててくれて嬉しいよ。これからも持っててくれる?」
「え?」

そう言われるとは思って無かったので驚きに目を見開く。

「なんだか、響華ちゃんにボクのもの持ってて欲しいんだ。だめ、かな?」

私はその言葉に慌てて首を振る。

駄目じゃない。
リクオ君のものが有るといつも傍に居てくれてるようですごく嬉しい。

リクオ君は少し頬を赤くしつつも嬉しそうに笑うと、私の頬に手を滑らせた。
私はリクオ君の澄んだ瞳を見つめ返す。

ずっと時が止まってくれれば良いのに。
そうすればリクオ君をずっと傍に感じられる。

私はすごく大好きという気持ちを込めて見つめた。
すると引き寄せられるようにゆっくりとリクオ君の顔が近づいて来た。

リクオ、君・・・好き。ずっと大好き・・・。

私はゆっくりと瞼を閉じる。
と、突然居間の方から、ワカメ君の声が飛んできた。

「君達、何してるんだい!? 早く研究を纏めるよ!」

その声にピタリと動きを止めたリクオ君は、はぁ、と溜息をつく。
そして苦笑いをすると私の手を取った。
リクオ君は指を絡めると優しい笑顔を私に向け、そしてワカメ君に返事をする。

「うん! 今行くよ!」

私は絡められた指の暖かさに幸せが胸に満ちる。
そして無意識に呟いていた。

「大好き・・・」

リクオ君は私の呟きが聞こえたようで、肩をピクリと小さく揺らす。
そして振り返ると頬を薄らと染めて「ボクも・・・」と呟き頬を掻く。

幸せ過ぎて無意識に絡めた手に力を込めた。
するとぎゅっと握り返してくれるリクオ君に私は笑顔を向けた。


手を繋ぎ、2人して居間に戻るとカナちゃんがこっそり近寄って来た。
そして、小声で囁く。

「ごめんね。響華ちゃん。清継君、止めたんだけど止まらなくて・・・」

私は苦笑しつつも首を横に振った。
暴走したハイテンションのワカメ君が止まらなかった様子が容易に想像がつく。

「あと響華ちゃんのお母さん、仕事で居ないって言っておいたから」
「え?」
「だって、響華ちゃんのお母さん働いてるじゃない。でも珍しいね。平日に居ないなんて」

そう。カナちゃんは私のお母さんが土日仕事で居なくなる事を知っている。

「夏休みもお仕事に行くようになったの?」

カナちゃんの問いに私は逡巡しながらも、小さく頷く。
居ないと言って心配させるより、そう誤解させておいた方が良いと思ったのだ。
と、頷く私にカナちゃんは眉を顰める。

「じゃあ、夏休み中響華ちゃんこのアパートに1人っきりなの?」

心の中で、ううん。ずっと1人・・・。と否定していると突然カナちゃんに空いてる手を取られ、両手で包み込まれた。
吃驚して目を瞬かせる私にカナちゃんは詰め寄った。

「響華ちゃん。夏休みの間うちにおいでよ! 一人っきりなんて危ないよ!」
「ありがとう・・でも、大丈夫だよ?」
「じゃあ、ボクん家においでよ」

リクオ君が横から声を挟んで来た。
そして笑顔のまま言葉を続ける。

「ボクん家、部屋ならたくさんあるし! 響華ちゃん1人くらい増えても大丈夫だよ!」
「もー、隣同士の私の方が響華ちゃんのお母さんが帰って来た時にすぐ判るじゃない!」

カナちゃんはリクオ君に反対意見を出す。
その中私はリクオ君の横顔を見つめながら考えた。

リクオ君は私のお母さんが居なくなった事を知っている。
だからきっとリクオ君家にお世話になったら、夏休みと言わずその先まで住まわせて貰うようになるだろう。
そこまで世話をかけるなんてすごく心苦しい。

私は2人の言葉に首を振る。

「私、一人で大丈夫。だって小さい頃から一人で留守番してたし、慣れてるから」
「響華ちゃんがそう言うなら・・・でも、寂しくなったらすぐ連絡するのよ?」
「うん」

カナちゃんの言葉に頷くとリクオ君は複雑そうな表情で私を見る。
私はそんなリクオ君に微笑み、本当に大丈夫、という意味を込めてリクオ君の手をぎゅっと握った。
しかし、心配そうな表情は変わる事は無かった。







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