居間のカーテンを開けると眩しい日差しが差し込んで来る。
そしてどこからともなく聞こえて来る、セミの声。
ベランダ越しの眼下には、夏の日差しに煌めく緑の葉をつけた街路樹が並んでいる。
そして行き交う車に歩道を歩く人々。
いつも見慣れた普通の風景。
だが後ろを振り向いても、そこに居るはずのお母さんの姿は無かった。
悲しみと空虚感がないまぜになったような感じが胸に広がり、カーテンをぎゅっと握りしめながら、私は唇を噛んだ。


羽衣狐との戦いが終わり、昨日、浮世絵町へと到着した私達。
電車の中で物思いにふけっていた私に気を遣ってくれたリクオ君は、自分の家へ住まないか、と勧めてくれた。
でもいくら大好きなリクオ君の言葉でも、そこまでして貰うわけにもいかず、私は首を横に振った。

そして、アパートに帰り着くとガランとした部屋が待っていた。
見慣れた畳。古くなったテレビも円形のちゃぶ台も行く時と同じ。
なのに、何故か胸に空虚感が広がる。

お母さんが留守していた時と同じなのに……

そう思うが、お母さんを思うと改めてお母さんは居ない、自分は一人ぼっちだ、という現実を実感した。
そして、悲しみが心を満たす。

「お、母さん……」

私は嗚咽を堪える為唇を噛み締めるが、両目からは涙が溢れ頬を伝う。
泣くのを止めよう、と思っても、喉がひくつき、涙は止まる事を知らないように流れ続けた。

だから私は、泣きながら心に誓った。
泣くのは今日だけ。今日だけ泣いたら、明日は笑おう、と。
そう誓いながら、声を殺して泣いた。


私はベランダの傍のガラスサッシから離れると味気の無い朝食を食べる。
そして、自室に戻ると机の上で夏休みの宿題を何も考えずもくもくと機械的にこなした。

と、ふいにインターホンが鳴る。
このインターホンはテレビ画面がついていないので、ドアを開けなければ姿が確認出来ない。
私は顔をのろのろと上げると玄関に向かい、ドアを開けた。
と、現れたのはワカメ君率いる清十字団の皆だった。
ワカメ君の後ろでカナちゃんが笑顔で手を振っている。
私は吃驚しつつも疑問を目の前にいるワカメ君にぶつけた。

「え? な、んで?」
「やあやあ、おはよう! 朝倉君! なんでとは酷い言い草だね。決まってるじゃないか! これから皆で夏休みの自由研究を皆で纏めるのさ!」
「はい? えっと……自由、研究?」
「そうさ! ボク達清十字怪奇探偵団は京都で貴重な体験をしたじゃないか! それを纏めるんだ! はっはっはっ、きっと凄い自由研究になるぞーっ!」

え? え? え? 待って下さい。
私、清継君達と一緒に行動して無かったから、京都で何が起こったのか判りません!

燃えるワカメ君に心の中で突っ込んでいると、私の様子などお構いなしに、ワカメ君はテンションマックスのまま、ずかずかと家に上がり込んで来た。
と、皆もワカメ君の後からゾロゾロと続く。

う、え? 

何故、皆が家に上がるのか判らず目を瞬かせていると、すれ違いざま、巻さんと鳥居さんが「おっじゃまー」と肩をポンポンと叩く。
そしてカナちゃんは私の前に来て「はい。お土産!」と買い物袋に入ったジュースとお菓子をくれた。

「カ、カナちゃん……なんで皆ここに集合してるの?」
「あ。私が響華ちゃんのお母さんすごく人間離れしてるほど格好良いよ、って言ったら清継君が是非行こうって」

その言葉に何も言えず目を丸くしていると、カナちゃんはそのまま言葉を続けた。

「それに響華ちゃん京都から帰る時なんだかいつもと様子が違ったから、大丈夫かな……って、きゃっ!?」

すると突然後ろから、カナちゃんをグイと押しのけ、つららちゃんがリクオ君と共に姿を現した。
カナちゃんは一瞬吃驚した顔をし、「ちょっと…」とつららちゃんに向かって何か言葉を続けようとするが、あ、と口元を押さえる。
そしてリクオ君をチラリと見た後、つららちゃんと頷き合い、私に「じゃあ、おじゃまするね!」と言い手を振ると居間へ向かった。
つららちゃんも私の耳元で「響華様、リクオ様とゆっくり話されるんですよ!」と囁く。
そしてパッと離れ、私とリクオ君に笑顔で手をブンブンと振りながら、居間へと去って行った。
リクオ君はつららちゃんの去って行った居間の方を見つつ、首を傾げる。

「つらら、どうしたんだろう?」
「うーん…?」

何と答えて良いか判らず苦笑していると、目の前に立ったリクオ君が額をコツンと私の額に当てて来た。
リクオ君の優しい目と視線が交わる。
触れている額が心地良い。

「リクオ君……?」
「また、一人で泣いただろ……」

変身したリクオ君も交ざっているような口調に吃驚するが、私は首を横に小さく振る。

泣いたのは昨日だから判らないハズ!
それに、今日は泣いてない! うん!

心の中で聞かれた事とは少しずれた言いわけをしていると、リクオ君は真剣な眼差しで私の目をじっと見つめて来た。
その眼差しに心臓を速まらせていると「嘘」と言われる。
思わず目を丸くした私にリクオ君は言葉を続けた。

「瞼が少し腫れてるよ」

慌てて目元を隠そうとするが、その手を掴まれ瞼の上に軽く口付けされた。

リ、リクオ君っ!? なんだか、行動が変身したリクオ君っぽくなってるけど気の所為ー!?
で、でも、もしかしてあのまま眠ってしまったから、腫れてたの?
ううっ……目の腫れた所を皆に見せてしまうなんて、恥ずかしい……

自己嫌悪でぐるぐるしていると居間の方から、空気を読まないワカメ君の声が聞こえて来た。

「おーい、奴良君! 朝倉君! 始めるよー!」

その後から「何2人の邪魔してんのよ!」と言う巻さんの声と共に「むぐぐぐ、苦しい・・」というワカメ君の声がする。
微かに島君の「いぃいっ、Dカップ攻撃!?」という声もした。

私とリクオ君はその聞こえて来た声にきょとんとし、顔を合わせる。
何が起こっているのか判らないが、早目に居間へ行った方が良いかもしれない。

「行こ! 皆、待ってるみたい!」
「うん」

明るい表情で居間へと促すリクオ君に頷き、2人で居間へと向かった。
その中、いつの間にか指を絡め合い、ぎゅっと手を繋ぐ。
廊下は短かったが、居間に着くまでの間とても幸せだった。


・・・でも、なんで私の家で自由研究するんだろう?? はて?

カナちゃんに言われた意味が全く判らない私だった。







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