それに呼んだってどういう事?
もしかして、こんな自体になってる原因は、部屋の中に佇んでいる天使の所為?
いや、そんな非現実的な!
そう心の中で突っ込んでいると、部屋のドアが突然ノックされた。
「家長、帰ってるー?」
む? これは巻さんの声?
なんでカナちゃんと氷麗ちゃんの部屋に?
そう思っていると、天使綺羅はドアの方を見、そのまま素早く身を翻して窓を開け飛び立った。
同時に私の視点も部屋から屋外へと移動する。
どうなってんのこれ。
自分の意志と関係無く視点が変わるなんて、現実には有り得ない。
わけが判らず眉を顰めていると、目の前に飛んでいた天使綺羅が何か黒い物体にぶつかった。
「っ……」
「〜〜〜っ」
天使綺羅と黒い物体はぶつかった痛みに頭を抱えた。
黒い物体。良く見ると鴉の頭を持った妖怪だった。
鴉の妖怪。しかも黒い着物の上に鎧を着けてる。
これは……
鴉天狗の息子の黒羽丸?
その姿に誰なのか見当をつけていると、その後ろから男性の声が飛んで来た。
「何してんだよ、兄さん!」
それは鴉の頭を持った妖怪だった。
黒羽丸と違うのはオレンジ色の鈴懸を着ているところと頭の毛がツンツンと立っているところだ。
ふむ。もしかしてこっちは、トサカ丸?
首を傾げていると、黒羽丸は顔を顰めながら呻いた。
「いや、急にこいつが……」
「言ってるヒマねーよ! 早く行かねーとリクオ様がマズい!」
「ああ」
すごく急いでいるのだろう。
トサカ丸は黒羽丸に怒鳴ると山頂目指して飛び去って行く。
そして黒羽丸もこちらに振り返らず、そのままトサカ丸の後に続き、飛び去って行った。
「なんだったんだ……?」
呟く天使綺羅を尻目に私は原作を思い起こした。
捩目山の探検。三羽鴉。山中に居たカナちゃん。そして怪我をしていた氷麗ちゃん。
この流れで行くと……あとは牛鬼の館での戦い。
そして漫画内での印象深い場面を思い出す。
血みどろになったリクオ君と牛鬼の姿。
漫画では、全く気にしなかったが、現実に考えるとその凄惨さにゾクッと身体が震えた。
思わず眉が顰められ、口を押さえてしまう。
すごく痛そう!
原作道りに事が起こっているとしたら、私には止める事ができない。
でも、でも、これって夢、だし……
現実に起こってるワケじゃないと思うけど……
それでも、少し不安になる。
リクオ君に怪我をして欲しく無い、という気持ちが湧き出る。
と、今まで黙っていた天使綺羅が静かな声で口を開いた。
「判った。貴女の願いを叶えよう」
ん? 何の事?
私、何も言ってないけど。
疑問に思いながら天使綺羅の方を向けば、天使綺羅は4枚の翼を大きく広げ、山頂へと向かい出した。
山頂付近にある大きな屋敷に着くと天使綺羅は急降下する。
そして、開け放たれた板扉の部屋に足を踏み入れた。
その部屋は血みどろだった。
大きな円柱の柱に、血飛沫が飛び散り、床には大きな血溜まりが出来ている。
その傍に両膝を付いた長髪の男性と妖怪の姿になったリクオ君が居た。
そして、少し離れた場所に黒羽丸とトサカ丸が居た。
突然入って来た天使綺羅の姿に、黒羽丸が叫ぶ。
「お前は白鴉天狗!? 何故ここに居る!」
天使綺羅はそれに答えず、リクオ君の元に歩み寄った。
そしてリクオ君の胸元に右手を当てた。
「貴様! リクオ様に何を!」
「リクオ様っ!」
それを見た黒羽丸とトサカ丸は、憤りリクオ君の元へと駆け寄る。
だが、リクオ君は片手をスッと上げ、2人を制した。
「「若っ!」」
心配げにリクオ君へ声を掛ける2人に構わず、天使綺羅は口の中で何か短い言葉を紡ぐ。
すると、触れていた箇所の傷がみるみるうちに塞がって行った。
「……アンタ。誰だい?」
「見ての通りの者だ」
「白鴉天狗か……。あっちの手当ても頼むぜ」
親指で黒髪の男性を指指す。
「ちょっと待て。どうして鴉になるんだ! 天使にしか見えないだろう!」
「どっちでもいーじゃねぇか。頼むぜ。白鴉天狗」
ニッと笑うリクオ君に、天使綺羅は頭を抱える。
だが、天使の性(さが)なのか、黒髪の男性の元に跪くと先程と同じ要領で治療を始めた。
傷の治ったリクオ君は黒羽丸、そしてトサカ丸の2人と話しを始める。
と、治療を受けている黒髪の男性が、天使綺羅に向かって口を開いた。
「白鴉天狗……すまぬ」
「いや。別に構わないぞ。だが、これだけは訂正してくれ。私は天使だ」
「天使……?」
「ああ、神に仕えるアストラル体だぞ」
「アス……?」
「ふっ……幽体みたいなものだろうか? 今はある事情で実体を持っているがな…」
「それならば、妖怪と同じだろう……。天使とは白鴉天狗の事だったか……」
「だから、白鴉天狗から離れろ!」
そう叫んだとたん、天使綺羅はクラリと身体を揺らせる。
「っ、しまった……、力を使い過ぎたぞ……」
「おい?」
声を掛ける黒髪の男性の胸に倒れ込む綺羅の姿を最後に、私の視界もプツリと黒く塗りつぶされた。