只今、石の階段をひたすら登っています。

電車を降りバスを乗り替えやって来た捩目山。
まずは妖怪博士という人物に会う為、合流場所の『梅若丸のほこら』を捜す事となった。
『梅若丸のほこら』は捩目山のどこかにあるらしい。
私達はそれを捜しながら、ひたすら上に続く石段を登る。

私は石段を登りながら原作を思い返していた。
確か、捩目山の『梅若丸のほこら』は石段の近くにあり、ゆらちゃんが発見したはず。
そして、妖怪博士と会う。

ん? 確かこの妖怪博士って、牛頭丸か馬頭丸に操られてたような気が…?
確か操る目的は……

そう考えていると私の前を行く巻さんと鳥居さんが不満げな声を洩らした。

「ちょっとー、まだつかないのー?」
「足いたいー!」
「はっはっはっ。君達。これも修行だ!」

2人の声に清継君はキッパリと言い放つ。
でも、石段を登り始めてから1時間弱は経っているだろう。
誰だって疲れて足が痛くなる。

現に私も……って、あれ?

私は自分の足の様子を伺う。

疲れてない?

そう疲労感も無ければ、足も全く痛く無い。
むしろ身体は軽い。
まだまだいくらでも歩けそうだ。

ふむ。この身体って心肺機能が強いのかな?

いつもは運動不足の為、会社の階段登るのにも息切れしていたので結構新鮮な感覚だ。
感動していると、ふいに後方について来ていたゆらちゃんが声を上げた。

「なんやろ、あれ……」

私はその声に振り向いた後、ゆらちゃんが見ている方向に視線を移した。

あれは……お地蔵さん?

木々の間に祠が有り、その内部に石のお地蔵様が収められている。その横には何か文字を彫ってある石が鎮座していた。

あ。ゆらちゃんが発見と言う事は、もしかしてあれが……
「梅若丸のほこら……?」

思わず呟くと、先頭を歩いていた清継君が目を輝かせて反応した。

「何っ! 本当かね! さっそく確認だー!」

そう言うと喜々として石段の道を右に外れ、草をかき分けながら祠の方に向かった。
そして、祠の傍にある石に彫った文字を読む。

「”梅若丸”と書いてあるね。よしっ!きっとここだよ!良く判ったね!綺羅君!」
「あはは……。まぐれ、まぐれ」

原作を読んでここかな、と思ったなんて口が裂けても言えず、私は笑って誤魔化した。
と、後ろから野太いおじさんの声が聞こえてきた。

「いやあ、意外と早く見つけたねぇ〜」

振り向くと後ろの木陰から小柄な男性が姿を現した。
ボサボサとした髪に分厚い眼鏡をかけ、薄汚れた服を着た小太りの男だ。
無精髭も生やしている。
その男性に清継君は嬉しげに駆け寄り手を握った。

「妖怪博士、化原先生! お会い出来て光栄です!」

……あれが、妖怪博士。

原作通りならば、見えない糸に操られてる人。
でも、清継君に向かって鷹揚に頷いている姿を見ているととても操られているようには見えない。
妖怪博士をじっと見ていると私の視線に気付いたのか、こちらへ顔を向けると喜色満面の顔となる。
そして両手を広げてこちらへ近付いて来た。

「いやー、若い女の子がいっぱいで嬉しいねぇ〜。君、名前なんて言うんだ〜い?」
「え? 九曜綺羅ですが……」
「可愛いねぇ〜。こんな可愛い子が妖怪に興味を持ってくれてるなんて感激だよ〜」

そう言いつつ私の手を取りぎゅ〜っと強く握られた。
湿った無骨な手が気持ち悪い。

な、何、この人! 離してーっ

しかし、心とは裏腹に会社の接待でのクセで頬を引き攣らせながらも、思わず愛想笑いをしてしまう。

ううっ、悲しい社会人の性!

心の中で嘆いていると横から巻さんと鳥居さんが、妖怪博士に抗議の声を上げた。

「ちょっと、オッサン! 綺羅の手離しなよ!」
「そうだよ! 綺羅嫌がってるでしょ!」

でも、二人とも気持ち悪いオッサンに近寄りたくないのか、私達から1メートル程離れていた。

うん。気持ちは判る。でも、誰かこの人の手外して下さい…

トホンと肩を落とす私の手を片手で握ったまま、妖怪博士は2人の抗議にカラカラと笑った。

「はっはっはっ。綺羅ちゃんは恥ずかしがってるだけだよねぇ〜。そーだろ? 清継君」
「そうですとも! 偉大な先生を嫌がるはずないじゃないですか!」

拳を固め、頷く清継君に私は泣きたくなった。
と、リクオ君がふいに私の名前を呼んだ。

「綺羅さんっ!」
バッと声がした方に顔を向ける。皆も視線をリクオ君の方に向けた。

「え、っと、その……そう、氷麗が草の葉で怪我したみたいなんだ! 絆創膏持ってないかな!」
「ん。持ってる」

ナイスタイミング。リクオ君と氷麗ちゃん!!

私は残念そうな顔をする妖怪博士に手を外して貰い、リクオ君と氷麗ちゃんの元へと駆け寄り、リュックを開けた。

「つら……じゃなかった、及川さんだっけ? どこ怪我したの?」
「…………」

氷麗ちゃんに尋ねるが、黙りこくっていた。そして、ちらっちらっとリクオ君を見る。

「ん?」

それに気付きリクオ君を見るとバツの悪そうな表情をして、あはは、と笑った。

「ごめん…。あの人悪い人には見えないんだけど、綺羅さん嫌そうだったから、つい」

なるほど。私のひくつく顔に気付いて手を離させる為に呼んでくれたんだ。
その機転と優しさが心に染み、嬉しくて頬が緩む。

「ありがと」

私の言葉にリクオ君は、照れくさそうに笑った。



そして、ゆらちゃんの質問により、妖怪博士の妖怪談義がその場で開かれた。
その後、妖怪博士とやっと別れ、私達は清継君の別荘に辿り着く。
想像よりも大きく立派な造りに、思わず感心してしまった。

お金ってある所にはあるんだねー……

入り口付近で感慨深く別荘を見上げていると、視界の隅で清継君と島君。そして灯が輪になって話していた。
他の皆の姿は無い。先に別荘の中へ入ったのだろう。

3人で何話してるんだろ?

興味を惹かれ、何気なく近付くと清継君が拳を握り声を高々と張りあげた。

「良し。じゃあ夜、女子が温泉に入ってる間に妖怪探索に行こう!」
「でも、清継君。夜の山は危ないっすよ?」
「バカ! 妖怪博士の言葉を忘れたのかい!? きっと夜は出るんだよ。妖怪が! それこそボク達の目的が達成できるじゃないか!」
「ふふ…島君は闇が怖い?」
「そ、そんな事ないっすよ!」

私は3人の会話にまた原作を思い出した。

あー……。例の妖怪探索の相談だったんだね。
ん? そう言えば温泉に入れば馬頭丸の使役する怖い妖怪に襲われるけど、妖怪探索だと妖怪に襲われる事は無かったような気が?

私は手をぽむっと打ち合わせると、3人に向かって口を開いた。

「私も行く!」







- ナノ -