心の中で冷や汗をダラダラと垂らしていると、皆の最後尾に居た灯が助け舟を出してくれた。

「ふふ……病院に行った後、この家に寄ったんでしょ? なかなか帰ったっていう連絡が来ないから、心配してたんだけどね」

私はその言葉を聞き、即座にコクコク頷く。
その言葉を聞いた皆は「なんだ、そうだったんだ」と納得した。

よ、良かった……

胸を撫ぜ下ろす私を余所に、皆はわらわらとリクオ君の寝ている周りに集まると、各々お喋りを始めた。

「へぇ。奴良の部屋って結構綺麗なんだ」
「ほんとだ。でも、机の下にいけない本隠してたりして」
「奴良。ムッツリ〜?」

巻さんと鳥居さんは部屋の中を見回しながらぷくくくと笑う。
そして島君は本棚を見ながら呆れた声を上げた。

「奴良ー、漫画置いてねーの? つまんねー奴ー」

その言葉に私もちらりと本棚を見ると「良い人間になる方法」とか真面目な本がギッシリ詰まっていた。

「良い人間になる方法」……
こんな本を読むのはリクオ君か、余程過去後ろ暗い所がある人かもしれない。
ていうか、こういう本って本当に書店にあったんだ!?
 
思わず心の中で突っ込みを入れてしまう。
その中、清継君が寝ているリクオ君に向かって声を張り上げた。

「奴良君! 風邪くらいで熱を出すなんて基礎体力が無い証拠だよ! そういう君に朗報だ!」
「え……朗報って?」

熱で頬を赤くしたリクオ君は不思議そうな顔を清継君に向ける。

「フフフフ。今度のゴールデンウィークに皆で捩目山で妖怪修行だぁ!!」
「「「「えぇええーっ!?」」」」
「何、それっ!?」
「清継君、聞いて無いっす!」
「うそー!」

清継君の言葉に各々話していた団員は清継君に非難の目を向けた。
だが、その非難めいた視線もものともせず、清継君は腕を組みながら得意げに話を続ける。

「はっはっはっ。第一の目的は捩目山に居る妖怪博士に会う事なんだけどね。捩目山は今尚妖怪伝説が数多く残る土地だから妖怪修行にはうってつけなんだよ。諸君」
「うげぇー。私パース!」
「私もー」
「あ、同じくパス!」

遅れては拙いと慌てて巻さんの意見に賛同する。

「な、何故だい!? 巻君、鳥居君、九曜君! 貴重な体験が出来るチャンスかもしれないんだよ!?」

愕然とする清継君は灯の方を向くとガシッと肩を掴んだ。

「灯君! 君なら賛成してくれるね!!」
「ふふ。もちろん。興味深い話しだしね。ゴールデンウィーク楽しみにしてるよ」

綺麗ににっこり笑う灯の横で、カナちゃんが一人頷き顔を上げた。

「うん。清継君。私も行く!」

へ!? カナちゃん、なんで!?!?
私の記憶によれば、あそこって妖怪出るよ!?

思わず目を見開くが、清継君は小躍りして喜ぶ。

「流石はマイファミリー灯君と家長君だ! そうだ、君達、言い忘れていたがあちらには豪華な御馳走と温泉もあるよ!」
「「「行く!(っす)」」」

コロリと意見を翻した3人の言葉がハモる。

こら。御馳走と温泉につられてどーする!!

3人の言動に頭を抱えているとリクオ君が声をかけて来た。

「綺羅さんは……?」
「もちろん、パ…………」

パスと言いかけるが、皆の視線が何故か私に集まって来ていた。
特にカナちゃんのうるうる視線がなんとも心地悪い。
だが、ここで断らないと温泉入ってて襲撃に遭う事間違い無し! だ。

ここ(奴良組)の妖怪ならともかく、相手を殺す気満々の妖怪に遭遇したくは無い!
怖い目に遭いたくない!!

「と、いうことでパ……」

皆の視線が集まり心地悪い思いの中、自分の意志を貫き通そうともう一度パスと言いかけるが今度は寝ているリクオ君と目が合った。
熱の為か目が潤んでいる。
だが、その目は「いっしょに行こう?」という思いを湛えているようだった。

…………うん! 気の所為!

「パスです」
「「えぇえーっ」」

よっし! 言い切ったー!
リクオ君とカナちゃんの文句なんて聞こえない!
ゴールデンウィークはのんびりするぞー!

心の中でガッツポーズしているとリクオ君が上半身を少し起き上がらせ必死な様子で口を開いた。

「一緒に行こうよ。綺羅さん! 危険な目にあってもボクが守るから……!」
「へ?」
「そうよ! 行こうよ、綺羅ちゃん! 私、綺羅ちゃんと一緒に旅行行きたいよ!」

リクオ君の言葉のすぐ後に援護射撃とばかりにカナちゃんも声を上げる。

ああ……心が、グラつくっ
でも、怖いの嫌―っ

ううーん、と頭を悩ませていると家の中と繋がっている方の襖がスパーンと開かれ、氷麗ちゃんが飛び出して来た。
そして上半身を起こしたリクオ君の両肩を押し、布団に押し込む。
皆が来たとたん隣の部屋に逃げ込んでいたみたいだ。

「リクオさ……いえ、リクオ君! 熱があるのに起き上がってはダメです!」
「ちょ、氷麗?」
「もちろん私も旅行にご一緒しますから安心されて下さい!」

使命感に燃える目で自分の胸をドンッと叩く氷麗ちゃん。
それを見た清継君は「良く出来た子だ! 将来良いお嫁さんになるぞー」と言い、島君は「なんで及川さんが奴良ん家に!?」と驚く。
その中、リクオ君は「でも、綺羅さんが……」と言いつつ私の方に視線をくれる。

ううっ、チワワのような可愛い視線を貰っても行かない! 絶対、行きません!

グラつく心を必死で押さえ、決意を固めていると氷麗ちゃんは私ににじり寄って来た。

「九曜さん!」
「はい?」
「リクオ君があそこまで言ってるんです! 一緒に行きましょう!」
「え、えーと……」

言い淀んでいるとガシッと手を握られた。

「九曜さん! お願いします!」
「はい!」

うっ…思わず返事してしまったー!

私は心の中であははと乾いた笑いを洩らす。
その横で氷麗ちゃんはリクオ君に向かって「やりました!」と目を輝かせて報告をしていた。

そんなこんなで、ゴールデンウィークの妖怪修行。私も参加するようになった。

なにか武器でも持って行こうかな……うん。








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