二階建ての書店に入るとさっそく心理学の本を求め、売り場を回った。
『生活と社会に役立つ心理学』……違う。
『健康心理学』……違う。
『小さいことにくよくよするな』……あ。共感できるかも。だけど、違う!
私は心理学の事について扱っているコーナーに来ると、ズラリと並んだ心理学の背表紙を1つ1つチェックしながら、当てはまるものを探す。
だが、私の状態に当てはまるものは1つもなかった。
まあ、私の身に起こった事は非現実的な事だ。
小説の中とかならまだしも、現実にそんな目に遭った人はいないだろう。
と、ふと頭にあることが閃く。
あれ? その人に成り代わるのって、他人がその人の身体を乗っ取ってる、って事。
そういう現象テレビで視た事がある。
うん。幽霊が人間の身体を乗っ取る。
成り代わりってそれと一緒?
って事は……もしかして、オカルト関連?
私は手をポムと叩くと今度はオカルト関連の書籍が置いてあるコーナーに移動した。
するとそういう本が結構たくさんあった。
作り物だと思うが、オカルト関連の本は全てオドロオドロとしている。
だが、実物を目の前にしているワケでは無いので、あまり怖くは無い。
私は憑依関連の本を片っ端から手に取り、意気揚々とレジに持って行った。
よっし! 徹夜して読むぞ!
と、ホクホク気分で書店を出ると男達の荒々しい叫び声がした。
「オラッ! さっさと帰って回状廻して来いやー!」
「トロトロしてっと星矢さん皆食っちまうぜ!」
何かヤクザの兄さんみたいな言い方。
一体、何?
私は声がした方を見る。
数十メートル先には煌びやかなネオンを掲げたお店が並んでいる。
と、そのホストのお店と飲み屋の間の暗い路地から一人の男の子が放り出された。
ちょっと、こんな夜になんで年端のいかない男の子がこんな所に居るの!
私は心配になり自分も13歳の中学生だという事を忘れ、思わず少年に駆け寄った。
そして背中に手を入れ抱き起こす。
と、少年の顔を見て凄く吃驚した。
「リクオ君!? なんでこんなとこ居るの!」
「う……、九曜……、さ…?」
お店の入口の灯りに照らされたリクオ君の顔は、赤く腫れていて口元からは血が滲んでいる。
「この傷、どうしたの!?」
「…は、…やく……、帰らなきゃ…」
リクオ君は私の問いに答えてくれず、よろめきながら立ち上がろうとする。
こんな傷だらけになりながら、一人で帰る!?
そんな事させられるワケない!
「判った。判ったから、私の肩に掴まって!」
「え……?」
私は痛々しく腫れた目を見開かせるリクオ君の腕を自分の肩に置くと、店の前に停まっているタクシーに乗り込んだ。
夜になると酔っ払い客を乗せる為に各店の前に並んでいるタクシー。
この身体に成り代わる前は、飲み屋に行く度に、ドアを開いて待ってるタクシー少し鬱陶しい、と思っていたのだが、今は助けの神に見える。
私達が乗り込むとタクシーの運転手は吃驚したように眉を上げた。
「き、君たち、子供がどうしてこんな時間に!」
こんな時間?
リクオ君家を出たのが18時くらいだったから、今19時くらいと思うけど……
そう思いつつ腕時計を見ると20時を回っていた。
書店で結構時間を食ったみたいだ。
でも、そんな事はどうでもいい。
怪我をしたリクオ君を家に送る事が先!
可哀想だが、痛みに耐えるようにきつく目を閉じるリクオ君に、家の住所を聞きタクシーを向かわせた。
タクシーを降りるとふらつくリクオ君を支えながら、大きな門に取り付けられているインターホンを押した。
肩を貸す私にリクオ君は切れ切れに言葉を紡ぐ。
「九曜、さ……。もう、いいよ…。ありが、と……」
「良くない。一人で立てないでしょ? 怪我人は年上に甘えときなさい」
「…………え?」
「どちら様で……って、若っ!?」
木造の門から顔を覗かせたのは、マフラーを巻いた男の人だった。
髪は色素が薄く短髪で結構な男前な顔をしている。
マフラーを巻いた男の人を見るとリクオ君は少しホッとしたような表情になり、「首無……」と呟くと気を失った。
「若っ! 若っ!」
慌ててリクオ君を揺する男の人、首無さん。
「待って、待って! リクオ君怪我してるから揺すらない! それより早く手当を!」
私の言葉にハッとした首無さんは、リクオ君を抱き上げようとするが何故か私の服を掴んで離さないリクオ君に困惑気味に眉を下げた。
「すいません。お嬢さんも一緒について来て貰えますか?」
私は頷く。
怪我人は放っておけない。
私と首無さんは気絶したリクオ君の腕を抱え、屋敷の中へと運んだ。
……屋敷の中は妖怪屋敷だった。
「……っっ!!」