身長は私より低い。
多分、140センチくらい?
そんな小柄な身体に似合わず、眼光だけは鋭いお爺さん姿のぬらりひょんさん。

私はその眼光に萎縮しそうになる自分を奮い立たせ、なるべく落ち着いた声音で口を開いた。

「あの。私、妖怪じゃありません。リクオ君の友人です」

良し。あの目に負けずビシッと言い切った!

心の中で自画自賛しているとぬらるひょんさんは訝しげな顔をしながら自分の顎を撫ぜる。
しかし、突然ニッと笑う。

「おう。友達だったのかい? 悪ぃのう。こんな屋敷じゃから間違ってしもうたわい」
「あ、はは。い、いえ、立派なお屋敷です」

頭の中で一番初めに見たペンペン草が生えた瓦やひび割れた壁を思い出しながらも、つい条件反射で社交辞令を口にしてしまった。
と、言うか、ぬらりひょんさん。そのセリフって自分の家を妖怪屋敷だって言ってるようなものだってば。
心の中で冷や汗を掻きつつも、あはは、と乾いた笑いを上げていると15センチ四方の紙袋をズイッと差し出された。

「アメいるかい?」
「あ、いただきます」

私は何も考えず頷くと手の上に白い飴が3個乗せられた。
そして「いただきます」と呟くとそれを1つ口の中に入れた。

「………〜〜〜っっ!!!」

言葉に言い表せないようなまずさが口の中に広がる。

な、な、なに!? この不味さはーっ!?!?
渋さとエグサを甘さでカバーしたような感じ?
いや、なんか、変すぎる味――っ!

顔が変な風に歪む。
それをぬらりひょんさんは楽しそうに見ていた。

「どうじゃ。マズイじゃろ?」
「う…い、え。……」

ううっ、マズイと判ってるものを客に出すんじゃなーいっ!

心の中で叫びつつ、隣の席の手のついてないお茶を飲む。

お茶で少しは不味さが緩和するはず!

だが、何故か飴の不味さは増した。

飴を外に出すわけにもいかず、顔を歪めながらもぐもぐと舐める。
そんな私にぬらりひょんさんはトドメを刺した。

「お嬢ちゃん。そんなに気に入ったなら飴はまだまだあるからのう。どんどん食っていいぞ?」

ああっ、”マズイ”を否定しなきゃ良かったーっ

私は心の中で滂沱の涙を流した。



飴の不味さに悶え苦しんでいると、廊下の外で大勢の足音が近付いて来た。

「居なかったッスねー」
「ふむ。花開院君が間違えるハズないし、おかしいなー…」
「ふふ……そういう時もあるんじゃないかな?」
「…………」
「何もいなくて良かったぁ〜…」
「あ、はは……、ほら、ね? 特に何ともなかったでしょ?」

6人が会話をしながら、障子を開く。
と、リクオ君が部屋の中に居るぬらりひょんさんを見つけ、素っ頓狂な声で叫んだ。

「じ、じーちゃん!? なんでここに居るの!?」
「ワシがここに居ちゃあいけねぇのかい?」
「いけなくは無いけど……って、九曜さん!? どっか具合悪いの!?」

心配げな表情をして私の肩を抱くリクオ君に、私は不味さに耐えながらも残りの飴をリクオ君の手に握らせた。

「飴?」
「貰った、の…………。食べて、みて……」
「? うん」

リクオ君は不思議な顔をしながらも私が渡した飴を、口の中に放り込んだ。
しばらくモグモグと口を動かしていたが、突然目を丸くし、ウッと口元を手で覆う。
その数秒後、リクオ君の怒鳴り声が屋敷中に響いた。

「じーちゃんっ!!!」



取り敢えず、不味さに我慢しながらも飴を食べ終えた私は、ぬらりひょんさんから多量の飴のお土産を持たされタクシーに乗り込んだ。

私って上司とかには波風立たせないようにして来たから、年配の方にはあまり強く言えないんだよね。
これも職業病の一種?

私は自分が情けなくなり、溜息を付く。
と、視界の端に大きな書店が目に入る。

そう言えば、精神の事についてとか調べたかったんだ。

私はその書店の前で降ろして貰うと灯にマンションへ先に帰ってくれるように頼んだ。
お財布を握っている灯は、私にいつもの笑みを浮かべさせながら本代とタクシー代を渡す。
そして「記憶が早く戻るといいね」という言葉をかけられた。
もしかしたら、記憶を取り戻すために奔走していると勘違いしているのかもしれない。

ごめん。灯。本当は早く元の世界に帰る為の手がかりを探してるんだよ。

私は灯に心の中で手を合わせて謝ると、書店に向かった。







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