う、し、ろ?

私は言われたままに右から首を巡らせて後ろを向く。
だが、何も居ない。首を傾げながらも清継君の方に顔を戻すと、即座にゆらちゃんとリクオ君の鋭い叫び声が耳に入った。

「左斜め後ろや!」
「早く逃げて! 2人共!!」

言葉の通り左斜め後ろを見ると、そこには般若のように顔を歪め、右手に刀を持った人形が異様な雰囲気を醸し出しながら棚の上に居た。
吊り上がった目でこちらを見ている。

「っ!」

悲鳴を上げたいが、あまりの怖さに声が出ない。

は、やく、清継君連れて、逃げ、逃げ、ないと……っ!

だが、その人形の怖さに圧倒され、足が動いてくれない。
その中、目の前に居た清継君が「うわぁ……っ」と長身をへたり込ませ、お尻を付く。
私は、足と手をガクガクさせながら、清継君に手を差し伸ばした。

「は、早く、に、逃げるよ。清継君っ」
「く、九曜君。す、すまない」

そう言いつつ、清継君が、私の手を取った。
そのとたん、背中にゾクッと強い悪寒が走り抜ける。

「「九曜さん!」」「綺羅ちゃん!」
え?

私は人形をもう一度振り返った。
その人形は空中に浮いており、振り返ると同時にグワッと襲いかかって来た。

も、もう駄目!!

ぎゅっと目を閉じる。
が、ドムッという何かが爆発する音が聞こえた。

……え?

自分の身体に何も痛みがやって来なかったので、恐る恐る目を開くと、床に焦げた人形が落ちていた。

「え? これ……って」

私は目を見開きながら周りを見回すと皆から少し離れた場所に、御札を構えたゆらちゃんが居た。



人形が爆発を起こし、動かなくなってから数分が過ぎた。
私の恐怖心もようやく納まる。

「綺羅ちゃん。だ、大丈夫?」

震える手を私の肩に当て、声をかけて来たカナちゃん。
カナちゃんの顔色はまだ心なし青い。

自分も怖いのに、他人の心配をするなんて、健気っ!

思わず、かいぐりかいぐりしたくなる。

私は肩に添えられたカナちゃんの手をぎゅっと握った。
そして安心させるように笑顔を向けた。

「大丈夫だよ。カナちゃん。人形はゆ……じゃなくて、花開院さんが倒してくれたし」

そう言いつつ、2、3メートル先に転がった人形を指指す。
爆発した所為か人形は全体的に焦げひび割れている。そして気味悪く目が飛び出していた。
封という文字の書かれた御札を何枚も貼られている。

と、目の前で腰を抜かし尻餅をついていた清継君の目が輝きだした。
そしてバッと立ち上がるとゆらちゃんの元に駆け寄り、両手を広げ興奮し口を開く。

「凄いよ! 花開院君!! 今のはもしかして陰陽師の御札かい!?」
「ええ。ほんま危ない所でした……」
「と、いう事は君、陰陽師なんだね!?」
「はい。うちは京都で妖怪退治を生業とする陰陽師、花開院家の末裔です」
「ほ、本物の陰陽師なんだね! すごいぞ!! 清十字怪奇探偵団にプロが来たんだ!!」

ジーンッと感動する清継君の横からこっそり顔を覗かせたリクオ君は、ゆらちゃんに恐る恐る尋ねる。

「でも、京都で陰陽師やってるのに、なんでこの浮世絵町に来たの?」
「うちは……一族に試験として遣わされたんです。より多くの妖怪を封じる為に。そして、多くの妖怪を封じて一族に認められた暁には、一族の頂点を継ぐんです」
「んな……、妖怪を!?」

ニコッとしながら、物騒な事をのたまうゆらちゃんにリクオ君は顔を引きつらせる。
ジーンッと感動しながらもゆらちゃんの言葉を聞いていたらしい清継君は、リクオ君の身体を押しのけると力を込めて言葉を紡いだ。

「それならば、是非是非、協力してくれないかい!? ボクもある妖怪を探してるんだ!!」
「ある妖怪、ですか…?」

訝しげな顔のゆらちゃんに清継君は力強く頷く。

「そうさ! あの方は月夜をかける夜の帝王ー!」

……ちょい、待って。
「ゆらちゃんと清継君の目的、まるっきり違うのに協力も何もないんじゃないかと思うけど……」

心の中で突っ込んだはずだったのに、言葉に出していたらしく隣に居たカナちゃんが不思議そうな顔をして私を見た。

「綺羅ちゃん?」
「ん? あれ? 私、何か言ってた?」

うん。と頷くカナちゃんに、また冷や汗が背中を伝った。
気の所為! と強く言おうとしたとたん数メートル離れた場所にくたりと横たわっていたひび割れた人形の目がギョロリと動く。
え? と思う間もなく、カナちゃんに襲いかかって来た。

「カナちゃん!」

私はカナちゃんの身体を自分側に寄せ、カナちゃんを庇った。
と、「滅!」と言う言葉と共に、大きく何かが粉砕される音と断末魔が聞こえて来る。
恐る恐る後ろを振り向くと小さな破片になった元人形があった。
私はカナちゃんの頭を抱きしめながら、今更ながらに怖さが沸いて来る。

む、夢中になると怖さって忘れるもんだね……

そう思いつつ、自分の恐怖心を静めるために深く深呼吸していると、清継君と島君が人形の破片の山に近寄った。

「この人形、花開院君が封じたハズだけど、なんで動き出したんだい?」
「さあ?」

首を傾げる2人にゆらちゃんも不思議そうな顔をして近寄る。
だが、人形の破片の山をジッと見、ハッと目を見開く。
そして、慌てて破片の山の前に膝まづくと紙切れを数枚拾い上げた。

「ごめんなさい。割引券も一緒に飛ばしてもうてた。」

私は、その言葉に目を点にした。
そして、原作の事を思い出しながら呟く。

「そう言えば、こんなシーンもあったっけ?」
「綺羅ちゃん? なんの事?」
「わっ! な、なんでも無い! カナちゃん!」
「そうなの?」

不思議そうな表情をするカナちゃんに私は慌てて顔の前で手を振り、誤魔化した。

ああ……正直すぎるこの口が憎い。
カナちゃんは素直だから誤魔化しても納得してくれるけど、夜のリクオ君とかだったらきっと追求されそうな気が…
まあ、遭遇する予定無いから、大丈夫だけどね。
うん。大丈夫なハズ。

そうして、呪いの人形事件は終わった。
だが、次はリクオ君の家に訪問する事となる。

これもパスしたい……。







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