夢を見た。

なりきりチャットで設定した通りの女性、九曜灯の姉、九曜綺羅の姿が旧校舎の廊下にあった。
その女性は割れた窓枠に足を掛け、背中から4枚の翼を出し、そこから飛び立つ。
月明かりに照らされるその姿は、本当に設定した通り、薄い金の髪に吊りあがり気味の目。そして中性的な顔……多分、口紅を引けば美人に見えるような顔。
本当になりきりチャットで設定した通りの姿だった。

この女性って、本物の九曜綺羅?
うっそ! 綺羅の夢を見てる!?
何故!?

不思議に思いつつも、その綺羅を良く見ると、服は不思議な事に今日私が着ていたものと同じだった。
設定と違う部分と言えば、その目が深緑では無く青色な事と翼が4枚ある事だった。

あれ? あの時私は天使って翼2枚だと思ってて、2枚にしてたのよね。
何故、4枚?

夢の中で疑問に思っていると、闇の中を4枚の白い翼をはためかせ飛んでいた綺羅を鋭い笛音が止めた。

「おい、そこの奴。見かけない顔だな。どこの者だ?」

綺羅はその声の方向を向く。
そこには、原作で見た事のある鴉天狗の息子、黒羽丸が黒い翼を動かしながら浮かんでいた。

「その翼の色…白天狗か? いや、我らと同じ鴉天狗の郎党…白鴉天狗か?」
「鴉ではないぞ。どこをどうやったら、鴉に見えるんだ」

私は男言葉で返答をする綺羅の言葉を聞き、やはり、なりきりチャットの綺羅だ、と心の中で納得をする。
うん。男言葉で話して、墓穴掘りの名人で何故かお笑い要員になってしまった綺羅だ。

でも…なんで夢の中に綺羅が現れるんだろう?
本当に不思議だ。

首を捻っていると、目の前の2人の会話は進んで行った。

「お前、どう見ても天狗の妖怪だろう。人は空を飛ばん」
「妖怪? ああ、魔物に当たるものだろうか? 私は…天使、と言うものだ」
「天使? なんだ、それは?」

逆に聞かれ、綺羅は目を丸めると頭を押さえる。
何故、天使を知らない、と心の中で突っ込んでいるようだ。
だが、すぐに気を取り直したように顔を上げると綺羅は真面目な顔で口を開いた。

「…そうだな、天界のガブリエル様に仕える……いや、判らないか。神に仕える者だと言えば判るだろうか?」
「神に? では、天女なのか? それにしては羽衣も付けてないな…。嘘をつくな。白鴉」
「だから…、鴉から離れろーっ!」

反論する綺羅を見つつ、4枚の鴉天狗なんて居たっけ? と心の中で突っ込みを入れる。
嘘と決めつけた黒羽丸は、メモ帳を懐から取り出し、鉛筆を構えた。

「それで、名は?」
「今の名前は綺羅だ」
「住所と職業は?」
「…………」

生真面目な顔をして警官が職務質問をするように事細かく聞く黒羽丸に、綺羅はうんざりとした表情を浮かべると溜息をつき、身体を反転させ、逃げ出した。

「おい、待て! まだ質問は終わってない!」
「ふっ……また会ったら続きを答えてやろう。もう会う事は無いと思うがな……」

綺羅は余裕のある微笑みを顔に浮かべると、そう言い残し4枚の翼であっと言う間に飛び去って行った。
あとに残った黒羽丸は……

いや、その様子を見る前に意識が夢見るような感覚から浮上する。
そして、瞼の裏に朝の光を感じると共に目が自然に開いた。

「あ……れ?」

寝ていたのは、自分の部屋に備え付けられたふかふかのベッドだった。
ぼんやりと寝ぼけた頭でさっきの夢の事を考える。

今の夢……なんだったの?
変な夢だったけど、なんだか現実味がある生々しい夢だった。

私はふうっと息を一つ付くと、起き上がる。

夢は夢!
今日も頑張らなくては!
そして、こんな変な現象から抜け出して、元の自分に戻らないと!

「よっし! 頑張るぞ!」

拳を握りしめ、窓から覗く朝の太陽を見つつ、自分に気合いを入れた。



そしていつも通りダイニングに行くと、テーブルから少し離れた場所にあるお客様用ソファーの前にコーヒーカップが3つ置かれていた。

灯に誰かお客が来た?
私がこのマンションに来てから、お客の姿なんて見た事なかったのに。珍しい…

そう思いつつ、テーブルに着き用意されていた朝食を口に運ぶ。
ちなみに灯は朝が早く、私が起きるといつも姿は無い。
もくもくと食べていると、ふいに昨日の事が思い起こされた。

あれ? 私、昨日旧校舎に行ったよね?
壁にぶつかって目の前が暗くなったのは覚えてるんだけど……
どーやってマンションまで帰ったの!? 私!?
もしかして…
「夢遊病!?」

思わず呟いてしまったが、それにいやいやいやと首を振る。
最後にリクオ君の声が聞こえて来たから、もしかしたら原作通りに着いて来た青田坊を使って、私をこのマンションまで運んで来てくれたのかもしれない。
灯はひ弱そうな腕をしてるから、きっと女の子を姫抱きするなんて無理だ。うん。

あれ? そう考えたら、お客様用ソファーの前に置かれてるコーヒーカップの説明がつく?
きっとお客様は、リクオ君と青田坊とつららちゃん。

ん?でも、待って?
原作を思い起こせば、旧校舎の話しってリクオ君に青田坊とつららちゃんという護衛がついていた、という事が判明する話しの内容だ。
3人揃ってこのマンションに来たって事は、その事が判明した後、って事?

……私が意識無くした後、原作通りに行ったとしたら、清継君と島君が気絶し、カナちゃんもリクオ君が妖怪の事を聞くのを阻止しようとするだろうけど……
灯は…………?
いや、灯に妖怪の事がバレても何も障害にはならないと思う。
…多分。
それにきっと私を運んで来てくれたお礼に、と3人にコーヒーを淹れたかもしれないのだけど、何かがひっかかった。

何か言いようの無い不安が胸の奥から込み上げる。
私はそれを振り切るように大きく首を振ると、ガタンと席を立ちカバンを手に玄関に向かった。

「うん。何も起こらない、起こらない!」


私は前向きに考えるとマンションを出、学校に向かっていつも通りに歩き出した。







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