気が利くリクオ君に手を繋がれながらも、唖然として灯の腕にしがみついているカナちゃんを見ていると先頭を歩いていた清継君が美術室と書かれたプレートの下がった教室のドアを慎重に開いた。
そして何も飛び出して来ないと判ると私達にを振り返り意気揚々と私達に声を掛ける。

「良し、皆、ここから調査を始めようじゃないか!」
「うひー、なんか出そうですねー」

島君が清継君の横から美術室を覗き込む。

「島君。判ってないね。その何か…。そう、その妖怪こそがボク達の目的なんだよ!」

清継君は島君にそう言いつつ、美術室の中を懐中電灯で照らして行った。
私はその光景を見つつ、原作を思い出し年甲斐も無く心臓がバクバクとしだす。

そーいえば、確か、この美術室はトイレの花子さんもどきのおかっぱ妖怪が確実に居たよね?
こ、このままリクオ君と手を繋いでこの教室に入ると100%それと遭遇!?
いーやー! 怖いものは見たくない!

その事を考えると背中に冷や汗が流れ落ちる。
手をつないでいるリクオ君をチラリと盗み見ると何か考え込んでいた。

よっし、今なら気付かれずにこの手を解ける!

私はリクオ君から自分の手をそっと外した。
そして、早足で清継君の後ろに行き、服の後ろをぎゅっと掴んだ。

妖怪を求めてるのになかなか遭遇出来ないこの子の後ろが一番安全!!!
ナイス選択だ! 私!

最終的には清継君も妖怪に遭遇してしまう事を忘れ、心の中で、良しっ、と拳を握る。
と、清継君はきょとんとしながら私を振り返った。

「どうしたんだい? 九曜君。トイレなのかい?」
「いや、清継君、妖怪も一目散に逃げてしまうほどの雰囲気持ってるから、ここに居させて? お願い!」
「はっはっはっ、それほどでもあるさ! いいとも。ボクの後ろについて来たまえ!」

鼻高々に笑いだす清継君を見つつ、プライドくすぐり作戦成功!と私は心の中でガッツポーズをした。



それから十数分、教室内を皆で捜索したが、何も無かった。

うん。全く何も無かった。
原作ではリクオ君がおかっぱの花子さんもどきと遭遇して棚を横にスライドする場面があったのに、それも全く無い。

あれ? 何故?

私は心の中で首を傾げた。

「清継君。ここには何も居なさそうですね」
「ふむ。じゃあ、次に行こうか」
「はいっス!」

清継君の号令で皆はぞろぞろと次に怪しそうな場所へと向かう。
私は不思議に思いつつも清継君の服を掴みながらてくてくと歩いていると、後ろの方からカナちゃんと灯の会話が耳に入って来た。

「灯君。さっきの羽根って何なの? あと何か悲鳴が聞こえたんだけど…」
「ふふ、内緒。でも、妖怪って魔物と似てるね」
「?」

謎の会話にクエスチョンマークが頭の中に発生する。

まもの?

羽根?
 
その単語から私はふと「九曜灯」について自分が考えた設定を連想した。

九曜灯は九曜財閥の御曹司。
でもその九曜財閥の御曹司は仮の姿。
正体は百万世界を見守っている天使の片割れ。
人間界で力を磨く為、時間があれば魔物や悪霊退治をしていたような?

……うん。まっさかね!
あんな荒唐無稽な設定、いくらなんでも現実には有り得ない。
うん。天使なんて居ない居ない! 
それに、灯はどう見ても人間。
背中に翼なんて無い。無い。
うん。うん。普通の人間!

そう自分に言い聞かせていると今度は島君が「給湯室」というプレートのかかった扉を懐中電灯で照らし、その教室を指差し清継君を見た。

「清継君。ここ、水回りですし何か居るかもしれないっすよ!」
「おぉ! そうだね島君。さあ、開けるよ!」

期待に目を煌めかせながら、清継君はドアに手をかけた。
だが、いくら引いてもそのドアは開かなかった。

「…ふむ。錆ついてるのか? 仕方ない。皆、先に行こう」

清継君はドアを開ける事を断念し、先に進む事を選んだ。
私は変わらず清継君の服を掴みながら違和感に首を傾げる。

おかしい。美術室の花子さんが居なかったばかりか、給湯室のドアも開かなかった。
原作ではドアが開かないなんて場面無かったはず。
いや、もしかしたら原作に描かれてないだけで、開かなかった教室もあったのだろうか?

そう考えていると今度は職員トイレの入り口のドアを清継君は開いた。
昔の校舎なので職員トイレは男女共同になっている。
懐中電灯の明かりに照らされたヒビの入った洗面所の鏡に、割れたガラス窓。
タイルは所々欠けていた。
皆それぞれトイレのドアを恐る恐る開いて行くが、何も異常は無かった。

私は妖怪が出なかった事に心の中でホッとしつつも、また疑問が沸き上がった。

あれ? 確か原作では、リクオ君が皆に気付かれないように妖怪と奮闘している姿が描かれてたけど……
私が気がつかないだけで、もしかしてリクオ君こっそり妖怪退治してた?

私は視線をリクオ君に向ける。
だが、リクオ君は何かと戦い疲れた様子も無く、何故かホッとした表情をしていた。
そして、私と目が合うと、どうかした? という風に首を傾げられる。

リクオ君も妖怪に遭遇していない?
まあ、妖怪が居ないなら居ないでこちらとしては、大歓迎なのだが…
でも、原作通りに妖怪が出ない事への疑問が大きくなる。

私はリクオ君に一応妖怪を見たかどうか確認する為に、清継君の服から手を離し、リクオ君に近付いた。

「リクオ君。ちょっと聞きたいんだけど…」
「どうしたの?九曜さん?」
「……妖怪、見た?」
「ううん。あはは。妖怪なんてやっぱり居ないよ!」

明るく笑い妖怪の存在を否定するリクオ君。
妖怪の姿が無かった事にすごく嬉しそうだ。
リクオ君の言葉を聞き、原作とは違う不可思議な現象に私は顎に手を当て考え込んだ。

もしかしてここって『ぬら孫』世界に似てるだけの世界?
うーん……そうかもしれない。
なりチャのキャラクター九曜灯もいるし…
ん? と、言う事は、もしかして怖い事は起こらない?

考え込みながらリクオ君の後ろから職員トイレを出、歩く度にギシギシと音を立てる廊下を歩く。
と、突然横の教室から「うわああぁああ」と悲鳴が聞こえ、その教室から清継君と島君が飛び出して来た。
私は丁度その教室の入り口付近を通っていたため、まともに2人とぶつかる。
そして、どうしたの、2人共! と思う間も無く、身体は横に突き飛ばされた。

「い…っ!」

そして窓側の壁にぶつかった。
その衝撃で目の前に火花が散り、意識が遠くなる。

「九曜さん!」

最後にすごく慌てたようなリクオ君の声が聞こえた。







- ナノ -