リクオ君のその言葉に吃驚していると、リクオ君は突然顔をこちらに向けた。
そして迷いの無い目で私を見ると、手招きをされる。

ん? 何だろ?

私は鯉伴さんの腕の中から抜け出すと、トテトテトテと足音を立ててリクオ君に近寄った。
しかし、リクオ君は更に手招きをする。私は首を傾げながらリクオ君の前に座ると顔を近づけた。
と、耳に両手を当てられ、ヒソヒソと囁かれる。

「あのね、ボクひとりじゃむりだからきょうかちゃんもてつだってくれる?」

言わずもがな、苔姫さんを泣かせる手伝いをして欲しいと言う事だろう。
リクオ君がどんなことを考えてるのか判らないけれど、女の子を無闇に泣かせるものじゃないと思う。
私は眉を寄せて首を振ろうとすると、リクオ君は言葉を続けた。

「ボクがね、こっちを…………ヒソヒソ……なんだ!」

!?
そっか、乱暴したり驚かせたりする以外にそういう手もあったんだ!

私はリクオ君の知恵に驚き、感心した。

3歳でそんな発想をするなんて、すごい!

私は目を丸くしてリクオ君を見る。リクオ君は私の視線を受けて、ニパッと悪戯っぽく笑った。
その笑みにつられるように私も笑う。そして頷いた。

「いいよ!」
「ありがと!」

私とリクオ君は笑い合うと、苔姫さんの方を向いた。
苔姫さんは、私達の視線に身体をビクリとさせると、訝しげに私達を見た。

「な、なんじゃ? その人間を使うのか? 妾は何にも屈せぬぞよ?」

私達は顔を見合わせ頷くと、苔姫さんの後ろに回った。

「???」

ワケの判らないような顔をしている苔姫さんに構わず、私達は所定の位置についた。
と、鯉伴さんと一つ目さんも私達の動きに気付き話しを止めると、こちらに視線を向けた。
一体何が始まるのかと鯉伴さんは面白そうに、そして一つ目さんは大きな目をギロッとさせ何かしやがったら制裁を加えるぞ、という風に拳を握り締めながら、黙って見守る。

「せーの!」

そして、リクオ君の合図と共に、私は苔姫の両脇を。リクオ君は足の裏をくすぐり始めた。

こちょこちょこちょ
「なっ!? きゃあ!……あはははっ、やめっ」
こちょこちょこちょ
「だから、やめよっ、あははははっ」
こーちょこちょ
「きゃっははははっ」

笑い転げる苔姫さんから、ポロリポロリと白くて丸いものが落ちる。
球体で白い光沢を放つそれは、紛れもなく真珠だった。
笑いすぎて涙が出たのだ。
リクオ君の勝ちだ。

流石、リクオ君。すごい!

しかし、リクオ君は真珠の事を知らないからか、まだ足をくすぐり続けている。

「きゃははは、足はダメじゃー!」
えーっと……
「リクオくん。しんじゅだよ」

転がった真珠を指さすとリクオ君はくすぐるのを止め、目を輝かせ両手を挙げた。

「やったぁー!」

その横で、ガクリと両手を床に付く苔姫さん。

「くうっ、こういう方法で泣かされるとは、想定外だったぞよ!」

あはは。リクオ君、やっぱり優しい。

私達を見ていた鯉伴さんはプッと噴出し笑い転げ、一つ目さんは渋い顔をしながらもガリガリと頭を掻く。

「どうだい。一つ目。オレの息子は……」
「フンッ。まずまずだな」
「素直じゃ無いねぇ……」
「うるせぇっ」


約束通り数個の真珠を手に入れたリクオ君だったが、それをあっさり私にくれた。

うーん。遊び道具にならなさそうだからかな?
でも、正直私も一粒一粒の価値が判らない。
雑誌に載っていた真珠はネックレスやティアラになっていたからだ。
どうしよう?

戸惑っていると、鯉伴さんが小さな袋に入れてくれた。

これなら、大事に仕舞っておける!
ありがとう、鯉伴さん!


その後苔姫さんと私達は打ち解け、色々な遊びをした。
お手玉。おはじき。すごろく。
楽しくて時間が経つのを忘れてしまった。
そして、朝。
いつ眠ったのか判らないが、目を覚ますと自分の部屋だった。

あれ? いつの間に眠ったんだろう?
えっと、昨日は…………あれ?
昨日の出来事が思い出せない。
どうして?
頭でも打って、記憶喪失にでもなったのかな?

はて? と首を傾げていると居間から私を呼ぶお母さんの声が聞こえて来た。

「響華。雑煮が出来たよ。熱いうちに食ってしまいな」
「はーい!」

後から考えようと、私は布団から起き上がる。
と、起き上がった拍子にポトンと何かが落ちた。
それは名前も知らない花だった。

なんで布団の中にお花?

首を傾げるが、何も覚えが無い。
私は取り敢えずそのお花を枕元に置いて、居間に向かった。

・・・・・・・・・・

響華の母天華は台所でお椀に雑煮をつぎながら、勝手口に佇んでいる老人に目をやるとニッと笑う。

「モノワスレの爺さんも食ってくかい?」
「いや、ワシはこの珍しい花を貰っただけで満足じゃ」
「かっははは。そう言えば爺さんは草花命だったねぇ。」
「うむ。じゃが御子に昨日の記憶を忘れさせても良かったのか?」
「厄介な事に巻き込まれないようにする為には、妖怪に会った事なんざ忘れちまった方がいいんだよ」
「……そうか」
「そうさ。時期が来るまでは普通に過ごさせてやりたいのさ」
「子を持つと色々大変じゃのう…」

そして、静かにモノワスレと呼ばれた老人は消えた。
天華はそれを気にせず、盆の上に雑煮の入ったお椀を2つ置き、居間に戻った。

「響華。餅は1つで良いのかい? 3,4個食わないとでかくなれないよ?」
「う、ん」

お母さんっ
3歳児に3,4個は多すぎです!
そんなに食べきれませんっ!

天華はお正月早々、そんな突っ込みを入れる3歳児の我が子の心を知らない。


※妖怪モノワスレ…老人の姿をした自然と草花を愛でる妖怪。花を媒体にして人間の記憶を消す能力を持つ。







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