鯉伴さんの着流しをしっかり掴みつつ、胸の中は不安で大きく揺れていた。
お母さんと離れるのが、すごく不安だった。
いつもの留守番とは違う寂しさが胸の中に広がる。
初めての空中飛行。
しかも、夜。
眼下に広がる暗闇に吸い込まれそうで、怖い。
私は、ただ、ぎゅっと目を閉じ、鯉伴さんの胸に頭を押し付けることしか出来なかった。
横からリクオ君の「きょうかちゃん、どうしたの?」と問いかける声も聞こえたが、返事も出来ない。
身体を固くしていると、ふいに頭上から鯉伴さんの声が聞こえてきた。

「響華ちゃん。着いたぜ」

……、え? つ、いた?

私はそっと顔を挙げ、周りを見回した。
そこは神社の一角だった。
周りには木々や1メートル近くの植木が生えていて、数メートル先にはオレンジ色の電気に照らされた出店が見える。
そしてその向こうには提灯の白い光に照らされた神社が見えた。

神社!?
どうして?

確かに、この世界に生れ落ちて初めての初詣に行きたかったのだけど、妖怪である鯉伴さんが初詣するなんて思いもしなかった。

ん? でも確かリクオ君は、4分の3は人間。
もしかして宴会が終わった後、リクオ君を初詣に連れて行ってあげる約束でもしていたのかな?
それで、ついでに私も連れて来られた?

うーん? と考えていると鯉伴さんは私を腕に。リクオ君を肩に置いたまま歩き出した。
参道に沿って色々な出店が並んでいる。
参拝客は夜だからか、そんなに多くは無かった。
と、参拝客の中に不思議な容姿をした人達が居ることに気がついた。
人と同じように着物を着ているけど、首の長い人や白い耳を生やした人も居る。

えーっと…、もしかしてあの人達、妖怪?

でも、人間の形をしているからか、普通に人間に混じっているからか、よく判らないが怖くない。
そんな妖怪さん達に気を取られているといつの間にか鯉伴さんは、木造の本殿へと上がり込んでいた。

って、鯉伴さん!?
本殿にまで上がり込んじゃっていいの!?

リクオ君が物珍しげに周りを見回している中、私は心の中で慌てていた。

神主さんに怒られる!

と、本殿の中に先客が2人居た。
一つ目に黒い髭を生やした大男と、両方の横髪を大きなリボンで結んだ可愛らしい女の子。
一つ目の大男の方は絶対妖怪だろう。
でも一つ目の大男は煙管を咥えたまま女の子を膝の上に乗せ、親子のような和やかな雰囲気を醸し出していた。

「よお、一つ目。姿が見えねぇと思ってたら、ここに居たのかい? 仲睦まじそうじゃねぇか……」
「ゲッ、二代目! なんでここに!」
「初詣に決まってるじゃねぇか。苔姫。久しぶりだな」
「……。鯉伴。そこの幼児2人はなんじゃ?」

一つ目と呼ばれた妖怪の背中に隠れた少女は、じーっと警戒するようにこちらを見る。

って、え?
苔、姫!?
え? え? え? なんでここに苔姫が!?

と、一つ目さんが苔姫の頭に大きな手をポンッと置いた。

「安心しろい。肩に乗っかってる方はヤツの子だ。だが……」

一つ目さんはギロリと大きな目で鯉伴さんを睨んだ。

「人の子をここに上げるたぁ、一体ぇどういう了見でぇ」

鯉伴さんはその視線を軽く受け流した。

「いいじゃねぇか。固ぇこと言いっこナシだ」

そう言いつつ2人に近付くとその場にドカリと腰を下ろす。
鯉伴さんの腕に抱えられていた私は自動的に大きな目を持つ一つ目さんと対面するようになる。
その大きな目にギロリッと睨まれ、思わず身を竦めた。
さっきまで苔姫さんには優しい視線を送っていたのに。
だが、鯉伴さんが懐の中から笹に包んだ数十本の串団子と一升瓶を取り出すと、私から視線を外し鯉伴さんにそれを移すと胡乱な目つきになる。
鯉伴さんはその視線を受けながらも、それらを苔姫さんの方に差し出した。

「供えもんだ。元旦早々すまねぇが、いつもの頼むぜ…」
「だーっ、ワシの前で良く言えるな、鯉伴!」
「いいじゃねぇか……。別に減るもんでもねーだろ」
「減る! 確実に減るわい!」

何の話しをしてるんだろう?

首を傾げていると、リクオ君は鯉伴さんの肩からピョンッと飛び降り、苔姫に近付くとニパッと笑った。

「おねーちゃん、なんのようかいなの? ぼくね、ぬらりひょんなんだ!」

明るく話すリクオ君の様子に警戒を解いたのか、苔姫さんは一つ目さんの背中からそっと出てくるとコホンッとひとつ咳払いをした。

「妾は苔姫じゃ。そこいらの妖怪と一緒にするでない。神として祀られておる」
「すごーい! じゃあ、なにができるの!?」

教えて教えてー! と煌く目で苔姫さんを見るリクオ君。

「妾は、涙を真珠に変えることが出来るのじゃ」
「しんじゅ?」

真珠を見たことの無いのか、リクオ君はハテ? と首を傾げる。
そう言えば、私も本物の真珠は見たことが無い。
でも、雑誌とかに載っていたから、色形は知っている。
と、苔姫さんがにこやかに笑うとリクオ君に難題を突きつけた。

「そうじゃ、妾を泣かせてみよ。妾を泣かせたら真珠は全てそなたにやるぞよ」

ええ!? 苔姫さんを泣かせるの!?
優しいリクオ君が出来るはずない!

そう思っていたのだが、リクオ君は笑顔でコクリと頷いた。

「うんっ、わかった!」

って、リクオ君ー!?







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