昨年の12月27日。3歳になった私は、この『ぬら孫』世界で3回目のお正月を迎えた。
お母さんから、ピンク色の生地に華やかな花模様が散りばめられた振袖を着せられた。
そして肩まで伸びた髪も結い上げられる。顔にも薄化粧を施された。
窮屈だけど、なんだか嬉しい。
長い袖を揺らし、綺麗な柄だなぁ。なんていう名前の花なんだろう? とウキウキしながら思っていると、お母さんは私の身体をひょいっと抱き上げた。

「さあ、初詣だよ」

初詣!?

この世界に生まれてから初めて耳にするその言葉に、私は吃驚すると共にわくわくとするものが沸いてきた。

だって、ここは『ぬら孫』世界。
もしかして苔姫が祭られてる神社に行くのかもしれない!
苔姫は400年前の羽衣狐との戦いで、生き胆を狙われた通力を持つ女の子達の一人。
確か泣くと涙が真珠になったんだよね。
まるで生前読んだ昔話みたい。

私は、お母さんの顔を見つつ、わくわくしながら尋ねた。

「おかあしゃん。どこのじんじゃいくの?」

私の言葉にお母さんは小さく笑った。

「初詣っていう言葉をもう知ってるのかい? 連れて行った覚えも無いのに賢い子だねぇ。」
ギクッ

わわわ、変に思われちゃった!?

「え!? ほ、ほんにかいてあったよ?」

慌てて思いついた言い訳を口にするとお母さんは豪快に笑った。

「かっははは。そうかい。どんな神社かは、着いてからのお楽しみだよ」

良かった、よかったー。
変に思われなかったみたい。

ホウッと安心していると、突然お母さんは私の後ろ頭を押さえ、自分の胸に私の顔を埋め込んだ。

おかあさん!? 息苦しい!!

お母さんの胸から顔を上げようとするが、後ろ頭を押さえられてて顔が上げられない。

苦しいっ
窒息するーっ

「むぐむぐっ、お、かー……っ」
「悪いね。ちょいと我慢しとくんだよ」

と、突然ベランダ側に面したガラスサッシがドンドンと音を立てた。

「おや? 坊主じゃないか」

お母さんは私を腕から下ろすとガラスサッシを開けた。

プハーッ、助かったー……
お母さん、突然何をしようとしたんだろう?

首を傾げつつお母さんの方を見ると、開けたガラスサッシの所に、黒紋付羽織袴を着たリクオ君が立っていた。
リクオ君はお母さんを見上げると礼儀正しく頭を下げる。

「おばちゃん、あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがいします!」

うわー、リクオ君。まだ3歳なのにしっかり挨拶できてる!
すごいなぁ……

感心して見ていると頭を上げたリクオ君は部屋の中に立っていた私を見つけ、パアッと明るい表情になった。
そして草履を脱ぎ捨てると私に駆け寄って来る。

「きょうかちゃん、あそぼ! ボク、がおがおれんじゃーのにんぎょうもってきたんだよ!」

ガオガオレンジャー。子供に大人気の特撮ヒーローものの題名。
私も時々お母さんと一緒に見ていたりする。
作り物なのに、「へえ、こういう妖も生まれて来てるんだねぇ」とか言うお母さんに私は心の中でいつも突っ込んでいた。
私はリクオ君の言葉に笑顔を返しながら、そのことを思い出していると、突然お母さんがリクオ君の頭に手を置き、頭をグシャグシャと掻き混ぜる。
リクオ君は頭を押さえながら抗議の声を上げた。

「おばちゃん、イタいよー」
「痛いのは生きてる証拠さ。ところでここには坊主一人で来たのかい?」
「うん。へびにょろにのってきた!」
「アンタの親父は何やってんだい?」
「みんなとのんでるよ! だからボクひとりできたんだ!」

煌く目で答えるリクオ君に、お母さんは深いため息をついた。
そして私の方に視線を向けた。

「響華。今日の初詣は無しだ。この坊主と遊んでやりな」

え!? 初詣無しなの!?
初めての初詣なのに!?

思わずリクオ君を恨みたくなるが、丸く澄んだ目をキョトンとさせるリクオ君を見ていると、その気持ちも霧散した。

うん。お正月はまだまだあるし、今日行かなくてもいいよね…

私はリクオ君の手を取ると笑いかけた。

「リクオくん。じゃあ、わたしのへやであそぼ」
「うん!」

元気に返事を返してくれるリクオ君。
その手を引き、居間の隣にある私の部屋へ向かった。


リクオ君の持って来た人形で遊び、何時間経っただろうか。
ふいに居間と私の部屋の間にある襖が、スッと開いた。

「坊主。迎えが来たよ」

そこにはお母さんといつもの着流しを着た鯉伴さんが立っていた。

「あ、おとーさん!」

リクオ君は嬉しそうな顔で立ち上がると、タタタッと駆け寄り鯉伴さんに抱きついた。
そんなリクオ君を鯉伴さんは抱き上げる。

リクオ君。本当に鯉伴さんの事が大好きなんだなぁ……
いいなぁ…
お父さんに甘えてみたい気持ちが湧き出て来る。
って、ううん、ダメダメ!
私の一言でお母さんを困らせたくない。
我侭な子だって、愛想を尽かされたくない。
でも……

複雑な気持ちで鯉伴さんとリクオ君をじーっと見ていると、私の視線に気がついた鯉伴さんは顔を上げた。
そして、リクオ君を抱き抱えたまま私の方に近づき、膝を曲げ私と視線を合わせた。

「よう、響華ちゃん。今日は随分とめかし込んでるじゃねぇか……。いつもより数段綺麗だぜ」

空いている方の手で、頬を撫ぜられる。

えっと、お礼言ったほうがいいのかな?

私は戸惑いつつも笑顔を作り、口を開いた。

「ありがとうございましゅ?」

すると片目だけ開けている鯉伴さんだったが、一瞬開けている目を大きくする。

あれ? 吃驚するような事言った?
普通のお礼の言葉だよね?
って、あ! 今日は元旦! 挨拶するの忘れてた!

私は慌ててペコリと頭を下げた。

「あけましておまでとうございましゅ。ことしもよりょしくおねがいしましゅ」

ああっ、私の口! よろしゅくって何!?
ううっ、恥ずかしくて顔が上げられない。
リクオ君はもう綺麗に発音できるのに、まだ舌っ足らずの部分が残っているこの身体が恨めしい…っ

恥ずかしくて顔を真っ赤にしていると、突然大きな手が私の身体を抱き抱えた。
それは鯉伴さんの太い腕だった。
私の身体は鯉伴さんの腕の中に収まる。
そして私と目線合わせた鯉伴さんはその優しげな目を細めた。

「上手に挨拶出来るじゃねーか。流石はリクオの嫁だぜ……」

私はその言葉にホッと胸を撫で下ろした。

良かった……
自分が思うほど呆れられなかったんだ……

と、リクオ君が笑顔で口を開いた。

「そうだよね! みんなにもきょうかちゃんのこと、ちゃんといってるんだよ!」
「そりゃ偉ぇや……」

え? え? え?
皆って、もしかしてリクオ君の家に住む妖怪の皆さんの事!?
リクオ君。どういう風に私の事話してるの!?
なんだかすごく気になるけど、どういう風に話してるの?とストレートに聞くのもなんだか変かもしれないし……。

ぐるぐる悩んでいると、頬に冷たい風を感じた。

あれ? 部屋の中に居るのに、なんで冷たい風が……

ハッと我に返り、周りを見回すとそこはアパートの外のベランダだった。

いつの間に外に!?

しかも部屋の中からお母さんが腕組みしてこちらを見ている。

お母さん!?

と、私を腕に抱えリクオ君を肩に乗せた鯉伴さんは、大きな百足の妖怪の背に乗った。

む、む、むかで!? 大きい。大きすぎる!
これが……妖怪! 話しには聞いてたけど、初めて見た!

そして、その昆虫特有の黒光りする皮に気持ち悪さを覚え、鯉伴さんの着流しをぎゅっと掴んでいると、鯉伴さんはお母さんに向かって口を開いた。

「それじゃあ、響華ちゃんを借りてくぜ」
「怪我させるんじゃないよ」
「そっちこそ、化猫屋の女を泣かすんじゃねぇぜ……?」

何の話しかさっぱり判らない。
クエスチョンマークが頭の中にたくさん発生する。
そんな私に構わず、鯉伴さんとリクオ君。そして私を乗せた大きな百足の妖怪はどこかに向かって動き出した。

う、え!? どこ行くの!?







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