また半日くらいかけて山を下りると夜半に駅へ着いた。
私達はその駅でサンライズ瀬戸の寝台車に乗った。
電車の発車を知らせるアナウンスが車内のスピーカーから流れて来る中、私と鯉伴さん。そして人間のおじいさんに化けた隠神形部狸さんに、波模様の三角巾を付け私のお世話をしてくれたお姉さん。それにぬらりひょんさんと納豆小僧さんの6名は、寝台車のある一室に集っていた。
寝台は2つ。その頭上に予備のベッドが2つあった。
隠神形部狸さんとぬらりひょんさんはそれぞれ向きあうように、腰を降ろす。
納豆小僧さんは初めての寝台車に目を煌めかせながら、ぬらりひょんさんが座っている寝台の頭上のベッドに捕まると身体をブランブランとさせてはしゃいでいた。

「ぬらりひょん様、すごいですねー! おいら、寝台車なんて初めて乗りましたよ!」
「うるさいぞ。納豆。それに臭ぇ。ワシの頭ん上で、はしゃぐんじゃねぇ」

顔を顰めながら諌めるぬらりひょんさんに、隠神形部狸さんは微笑ましそうに目を細めると私の隣に佇んでいる鯉伴さんを見た。

「奴良組の。あんたは座らんのか……? ワシの隣が空いとるぞ」
「いや、オレはここでいいや……。」 
「それじゃあ、響華ちゃん。ワシの隣に来んか。ワシの隣も空いとるぞい」

明るい表情のぬらりひょんさんが、鯉伴さんと同じく佇んでいる私に向かって片手をコイコイと手招きした。

え? 私は……

このままでいいです、と伝えようとしたら、隣にいる鯉伴さんが小さく笑い口を開いた。

「響華ちゃんはオレの傍がいいって言ってるぜ?」
「なにぃ? なんも言っとらんじゃろうが」
「黙ってても判る事があるんだよ。それに親父んトコに行かせたら納豆臭くなるじゃねぇか…。なあ、響華ちゃん」
「へ?」

待って、待って?
このままでいいですって思ったけど、納豆臭くなるとかそこまでは思ってません!

思わずブンブンと首を横に振ると「遠慮しねぇでいいんだぜ?」と頭に手を置かれた。

いやいや、遠慮の意味が判りません!

そう心の中で鯉伴さんに突っ込む。
と、隠神形部狸さんは小さく「ハハハ…仲がいいのう」と笑い、おもむろに話し始めた。

「ところで昨日ワシが人間に負けた話しをしたが、覚えとるか……?」
「ふむ。神宝『魔王の小槌』を使った人間に負けたという話しじゃな?」

ぬらりひょんさんは顎に指を添え、頷く。

「うむ。その神宝『魔王の小槌』を玉章が手に入れたらしい……。本物かどうか判らぬが……」
「ふむ……」

考え込むぬらりひょんさんに鯉伴さんは口を開いた。

「本物かどうかは、実際見てみらぁ判るこった…。今悩んでても仕方ねーじゃねぇか」
「そうじゃの。鯉伴の言う通りじゃ。四国の。浮世絵町に着くまで少し休め。息子が気がかりで休んでねーんじゃろ」
「すまん……。」

そして、隠神形部狸さんとぬらりひょんさん。そして三角巾を付けていたお姉さんと納豆小僧さんはその一室で休み、私と鯉伴さんは隣の一室で休むようになった。
カーテンで仕切り、薄い掛け布団を身体に掛けて横になるが、なかなか寝付かれない。
鼓動がワケも無く早く脈打つ。
それと共になんだか嫌な予感が胸の奥からせり上がって来る。

このもやもやっとした嫌な感じ……なんだろう?
攻め込んで来た四国の妖怪を止める為、浮世絵町へ隠神形部狸さんが向かい、解決するはずなのに。
なんでこんな嫌な気持ちになるの?

良く判らない気持ちに、原因をぐるぐる考えていると、突然スピーカーから浮世絵町に到着したというアナウンスが流れ出す。

うえっ!? もう着いたの!?

数時間もぐるぐる考えていたらしい。
私は慌てて毛布を畳み、身支度を整えると仕切っていたカーテンを開けた。
そこには、寝台に寝そべっていた所為か、両子持縞文様に似た着流しを着崩して肩を露わにしてしまっている鯉伴さんが居た。
鎖骨から下の部分がちらりと見え、艶っぽさを感じなんだか恥ずかしくなる。
思わずカーテンを元のように閉めてしまった。

鯉伴さん、鯉伴さん。着物をきちんと着て下さい!

そう心の中で叫ぶが、眠ってしまっている鯉伴さんに届くはずがなかった。

ううっ、どうしよう……
このままじゃ、鯉伴さん、起こせないっ

どうしよう、とオロオロしていると、出口が開きぬらりひょんさんの大きな声が室内に響き渡った。

「こりゃ、鯉伴! 何しとんじゃ、さっさと起きんか!」
「ファーァ…… もう着いたのかい?」
「当り前じゃ。さっさと下りるぞい」
「ヘイ、ヘイ……。」

鯉伴さんが寝台から降りる音がする。

身支度してるのかな?

もう少し待ってようと思っていると、突然目の前のカーテンがシャッと音を立てて開かれた。

「響華ちゃん。起きてるかい……?」
「………っっっ!」

カーテンの前に居た私は、もろに鯉伴さんのはだけられた胸を見てしまった。
男の人の肌を至近距離で見てしまった私は、恥ずかしさに顔へ熱が集まる。

鯉伴さんっ! 着物をきちんと着てから、カーテン開けて下さいーっ


浮世絵町にある駅で降りた私達は、いつもよりざわめく道行く人達に首を傾げた。
今は朝方の4時。
もう数時間すると夜が明ける時間だ。
普通道行く人は、黙々と歩いているのに、今日は帰宅途中のサラリーマンの人など、ある方向を振り向いてはブツブツと呟く。

「妖怪なんぞ、いない。しかし、あれらは一体なんだったんだ……。やはり、妖怪?」

タクシーから降りようとしている酔っ払いのおじさんも、タクシーの運転手さんに「道楽街道に本当に化け物が出たんだぜ!?」と熱弁を振るっている。
私達は顔を見合わせると、タクシーを拾い、道楽街道へと急いだ。







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