耳に軽やかな民謡のような音楽が聞こえて来る。
そして楽しげな隠神形部狸さんの声とそれに応えるぬらりひょんさんの声。
その音の渦の中、瞼が重くなり一瞬閉じたとたん身体がゆらりと揺れる。
今、何時なんだろう……? なんだか、眠たい……。
目を擦りながらそう思っていると、静かにお酒を飲んでいた鯉伴さんが隠神形部狸さんに突然声を掛けた。
「四国の。ちょいと床を用意してくれねぇかい……?」
「ヒック……。なんじゃ。もう眠くなったのか?」
「ハハハ……、奴良組の総大将は子供だのう」と赤い顔をしてのたまう隠神形部狸さんを余所に、鯉伴さんは私を両腕で抱き上げた。
「わっ、え?」
なんで抱きあげられたのか、さっぱり判らない。
鯉伴さん?
尋ねるように鯉伴さんの顔を見上げると優しい笑みを返された。
それに気付いた隠神形部狸さんは、「おお、そうか!」と言いながらポンッと手を打つ。
そして波模様の三角巾を被った女性に声を掛けた。
「一番上等な部屋に案内してやってくれ……。なにしろ天華姐さんの娘子じゃからのう。失礼があったら困る」
「はい!」
三角巾を被った女性は元気良く返事をすると「こちらです」と言い、広い洞窟の中を歩き出した。
洞窟の中の通路は、一定の距離に蝋燭を立てる穴みたいなのが掘られていて、その中に芯の太い蝋燭を立てていた。
そして三角巾を被った女性が持つ松明の灯りも有り、そんなに暗くは無かった。
私は鯉伴さんの腕の中に抱き抱えられたまま、それらを見ていたがだんだん瞼が重くなる。
腕の中の暖かさがすごく心地良くて……
私はいつの間にか眠ってしまった。
ふ、と意識が浮上し、私は瞼を薄っすらと開けた。
ジジジ、という微かに何かが燃える音と薄暗いオレンジ色の光が目に入る。
そして私の身体はふかふかの布団の中に居た。
ここ、どこ?
寝ぼけた頭をゆっくり動かして、横を見る。
すると枕元に鯉伴さんが頬杖を付きじっと私を見ながら、座っていた。
鯉伴さん……?
声を掛けようと口を開きかけ、ふと鯉伴さんの表情がいつもと違う事に気が付いた。
私の方に視線を向けているのに、その目に私を映してないような感情の読めない目。
どうしたのだろう?
心配になって眉を顰めると、鯉伴さんはハッとしたような表情になり、私を覗き込んで来た。
「どうした響華ちゃん……。悪ぃ夢でも見たのかい……?」
大きな手で頭を優しく撫ぜられ、慌てて首を振る。
「ちょっと、目が覚めてしまっただけです…」
鯉伴さんこそなんでここに?と聞こうとしたが、先程の表情がふっと頭に浮かぶ。
多分、何か考えたい事があってここに座っていたのかもしれない。
そして、あの表情からして聞いちゃいけない事かも……
そう思った私はその先の言葉を飲み込んだ。
鯉伴さんは優しい目で私を見ながら、静かに口を開いた。
「そうかい。しかし、今日は強行軍だったんだ……。もう少し寝ときな」
私はその言葉に頷く。
と、ふいにある疑問が沸いて来た。私は鯉伴さんの優しげな目を見る。
その優しげな表情はなんでも答えて貰えそうに感じ、私は疑問を言葉にした。
「鯉伴さん……。なんでここに私を連れて来たんですか…?」
隠神形部狸さんに尋ねるだけの用事なら、私が居なくても大丈夫なのに……
なんで、私を四国まで連れて来たんだろう?
と、鯉伴さんが短く呟いた。
「さぁてね……」
やっぱり子供の私には教えられないって事かな?
そう思うと何故か悲しさが広がった。それを堪える為に下唇を噛んでいると、もう片方の手が私の顎に当てられた。
そして長い指が私の唇をゆっくりとなぞった。
指が唇を移動する度、そこからゾクゾクとしたものが走る。
その感触から逃げるように鯉伴さんの顔に視線を上げると優しい金の眼と視線が交わった。
そしてそのまま薄い唇が降りて来ると隙間無く重なった。
「……んっ…」