奴良家の門の前を竹箒で掃いていた首がふわふわ浮いていた男の人は、リクオ君の返答に目をパチクリさせると、鯉伴さんの方を向きにっこり笑った。

「2代目、そのお嬢さんはリクオ様のお友達ですか?…………それとも、どっかに二号さまでもこさえて、子供産ませて引き取って来たんですか?」

後半部分の口調が低くなり、顔はにこにこしつつも背後に渦巻く黒いオーラと般若を背負いつつ鯉伴さんに顔を近付けさせる。
鯉伴さんは、ずもも、と迫る首を浮かせた男の人の顔を押すとやれやれ、という風に頭を掻く。

「オレはそんなに、信用無いのかねぇ……」

首を浮かせた男の人は鯉伴さんのその言葉に素早く食い付いた。

「あんたの普段の素行の悪さが原因でしょうが! まったくいつまでたってもふらふら、ふらふらと。リクオ様まで連れ出して……」

グチグチグチと説教交りの昔語りが始まる。
その中、鯉伴さんはこそっと私達の前に来ると、口元に人差し指を立て静かに、という身振りをした。
そして、私とリクオ君の手を引くと門をくぐり、屋敷の中へ入る。


「だから、そのお嬢さんは一体…………って、いないっ!? っ、てめぇ、鯉伴ーーーっ」

背後から、私達が居なくなった事に気がついた首が浮いている男の人の叫び声が聞こえて来る。 
戻らなくていいのかな? と思いつつ、鯉伴さんを見上げると私の視線に気付いた鯉伴さんは、いつもの事だという風に軽く口角を上げ笑った。



そして、客室みたいな所に通され、鯉伴さんの膝の上でまったりと出されたお茶を啜る。
リクオ君は、おもちゃを取りに自分の部屋へ行っていた。

うーん。このお茶、玄米茶のような香ばしさがないから、ほうじ茶なのかな?
なんだか飲みやすい。

こくこくこく、と飲んでいると、廊下側の障子からなんだかたくさんの視線を感じてきた。

はて? 何だろう?

不思議に思い、お茶を飲むのを止めると、障子の方を見、首を傾げる。
すると突然、鯉伴さんは私を畳に座らせ無言で立ち上がると、ガラリと障子を開けた。
と、どさどさどさ、っと雪崩のように転がりこむ小さな妖怪さん達。

原作では見たことがあるが、実際妖怪とかこの目で見たことが無かったので、私は驚きで目を丸くする。

鯉伴さんは、雪崩込んできた小さい妖怪さん達の傍に腰を下ろし、頬杖をつくと呆れたような顔で口を開いた。

「お前ぇら……何やってんだい?」

鯉伴さんの問いに雪崩込んできて山となった妖怪さん達は口を開いた。

「へへ……2代目がリクオ様の嫁候補を連れて帰って来たってので、ついつい」
「俺は2代目の二号さまの子って聞いたぞ?」
「あ、俺もそう聞いた。今は愛人というんだよな!」
「お、昼ドラであったあれか!」

山のような形で重なったままの小さな妖怪さん達は、口々に憶測を声に出す。
鯉伴さんはそれらの言葉に一つ溜息をつき答えた。

「おいおい、オレを何だと思ってやがる……」

遊び人さん……?

私は心の中で、鯉伴さんに突っ込む。

と、言うか、鯉伴さん。
皆から愛人さんがいそうとにも見られてるんだね。
うーん? いつも休日に遊んでくれるけど、平日に愛人さんのところに行ってるのかな?
きっと美人で、ぼんきゅっぼん?
…………

想像するとなぜか突然胸の中に、もわっとしたものが広がった。

ん?
なんだろう? なにか変な気持ちがもわっと。
はて?

心の中で首を傾げていると、納豆に似た妖怪が、小さな妖怪達の山の上で、足と手を組みながら口を開いた。

「しかし、その子、誰かに似てますなぁ……うーむ? 誰だったか……」

眉を顰めて考え込む納豆に似た妖怪に鯉伴さんは、片眉を上げる。

「気の所為じゃねぇのかい?」

はぐらかすようににやっと笑う鯉伴さん。
と、廊下の向こうから、リクオ君の声が聞こえてきた。

「あ、おとーさーん! 響華ちゃん、どこ? おもちゃいっぱい持ってきた!」

とたとたとた、と廊下を走る足音。

あ、リクオ君だ。

おもちゃをいっぱい持って持って来たんだなー、と思ってるとドタンッと大きな音が聞こえてきた。

「若っ」
「若っっ!」
「若ーっ!」

小さな妖怪さん達の山が見る間に崩れ、リクオ君の声がした方へと飛んで駆け寄っていく。
私も急いで立ち上がり、廊下に出、リクオ君を見ると見事に転んだのか周りには、船や車や電車とかのおもちゃがたくさん散乱し、うぐっうぐっと泣くのを堪えているリクオ君がいた。

か、可愛い……っ

思わず母性本能か何か判らないが、胸がきゅんとなり、急いでリクオ君の傍に行く。
鯉伴さんはすでにリクオ君の傍に座り頭をくしゃくしゃと撫でていた。

「偉ぇな。リクオ。コケても泣いてねぇじゃねぇか」
「ボク、男の子だから泣かない、もんっ」

そう言いつつも、うぐうぐ言いしきりに目元を自分の腕でぬぐっている。
顔面から見事に廊下へダイブしたのだろう。
良く見ると鼻が真っ赤だ。
私はポケットからハンカチを取り出し、リクオ君の腕をそっとどけると潤む目から少しずつ溢れる涙を拭きとった。

「……鼻、いたく、ない?」

拭きながら首傾げるとリクオ君は、何故かほっぺを真っ赤にし、首をぶんぶんと振った。
鯉伴さんは、リクオ君のその様子を見、くっと笑う。

リクオ君、あまり首振られると涙拭けないよ…。
……、でも、転んで変な所打たなくて良かった。

私は安堵感いっぱいで微笑むと、いつの間にかリクオ君の後ろに居た納豆のような妖怪が「あーっ! 思いだした!」と私を指指した。

はて?
何だろう?

私が目をぱちくりさせる中、納豆のような妖怪は何か納得がいったかのようにコクコク頷いた。

「その娘、お可愛らしかった月華さまにそっくりですよ。笑顔を見て思いだしました。うんうん。」

私とリクオ君はきょとんとし、周りの小さな妖怪達も首傾げ、納豆のような妖怪を見る。

げっか?
はて? 誰だろ?
あれ? でも、その人の名前、どこかで聞いたような気が?
うーん、と、うーんと……
…………
あ。そうだ。
初めて鯉伴さんに会った時、げっかって名前聞いたんだ!
確かその後、鯉伴さんがオレの子供? って疑問持ってたんだよね。
うーん、でもげっかさんって結局誰か判らなかったんだけど。

「月華さまってのはー……っ!?」

納豆に似た妖怪さんが言葉を続けようとすると鯉伴さんに掴まれ上へと持ちあげられた。

「納豆。なんで月華の事知ってんだい?」

鯉伴さんの顔が見たことも無いほど無表情になっていた。
私はその表情に吃驚する。

鯉伴さん?

「あの後の事……何か知ってんのかい?」
「へ? いや、あの、ちょ、ちょ、2代目!?」

そしてなんだか、鯉伴さんの雰囲気が怖くなった。

どうしたんだろう?
あの後って?

周りを囲んでいる小さな妖怪達もごくり、と喉をならしつつ、鯉伴さんと納豆のような妖怪を見る。




と、屋敷中に大きな声が響き渡った。

「大変だ、大変だぜぇーーっっっ!!!! 2代目ぇーーーっ!!」

何事かと声をした方を見ると大きな男の人が廊下をどすどすどすっと駆けてきた。

あ、この妖怪さん知ってる。
骸骨の首飾りがなんだか怖いけど、お坊さんのような衣を纏ってる、青田坊さんだ。

青田坊さんは、いつの間にか怖い雰囲気が無くなった鯉伴さんに駆け寄った。

「2代目っ、若菜さんが、あんたの奥さんが……」

と、言いかけたが、リクオ君を見ると言い淀む。

「なんでぇ、青。急ぎの用件ならあっちの部屋で聞くぜ?」

親指で向こうの部屋を指指すと、私とリクオ君の頭にぽんぽんと手を乗せ、ちょっと行ってくらぁ、と言い、歩き出した。
その後を青田坊さんが続く。
と、数秒遅れて、小さな妖怪さん達は興味深々な顔で頷きあうと、見つからないよう後について行った。

私はリクオ君を見る。
リクオ君も私を見るとにぱっと笑い、私の手を繋ぎ口を開いた。

「ね! ボクたちも行ってみよう!」
「……」

い、いいのかな?
大人の秘密のお話しのような気がするのだけど……?

「響華ちゃん!」
「う、うん」

まあ、仕方ない。長いものには、巻かれろだよね。
あれ? これってこういう時に使う言葉だったっけ?
うーん? 5年間勉強しなかったから、だんだんことわざとかも忘れてきてる……。

勉強しないと、と心の中で思いつつ、リクオ君に手を強く引っ張られ、小さな妖怪さん達を追った。

そして、小さな妖怪さん達が、障子に耳をくっつけて山となって重なっている部屋の前へと辿り着いた。
リクオ君が私に向かって口元に人差し指をあて、「しーっ」と言い、それに頷く。
そして、そろそろっと小さい妖怪達の横の空いてる場所に行き、耳をそばだてた。

すると、私の耳に突然、衝撃的な言葉が飛び込んで来た。

「2代目……若菜さまが何者かに……殺されやした」

は……?
え???








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