玄関先より「行ってきまーっす!」とリクオの明るい声が響いてくるのを聞きながら、鯉伴は陽にあたりながらも縁側に寝転ぶ。
そして、ふあぁあ、と大きな欠伸をしていると突然後ろの空き部屋の障子がスパンッと良い音をさせ開かれた。
鯉伴は片腕で頭を支えたまま、片目で後ろを見る。
そこには、銀の髪を肩口で緩く結った女性が立っていた。

「おいおい。人ん家に何勝手に入ってんだい……。天華」
「はん。どこから現れようと、私の勝手だろ」

天華はそう言い放つと鯉伴の後ろにドカリと座り足を組んだ。女らしさなど欠片も無い。
だが、昔からこういう感じだったので、いつもの事だと鯉伴は別に気にしなかった。

「…で、何か用かい?」
「用があるからここに来たんだよ。まずは頼まれていた件の報告さ。狒々殺しは四国の奴らの仕業だったよ」
「四国……?」
「ああ。若菜には関係してない奴らだね」
「……」
「だけどあいつらの狙いは狒々じゃない。この意味が判るかい?」
「さぁてね……」

鯉伴は何を考えているのか判らない表情で薄く口元を上げる。

「まあ。私にとっちゃあ四国の狙いなんざどうでも良いんだがね……。このままだと響華まで巻き込まれちまうんだよ」

鯉伴は天華の言葉に片眉をピクリと上げる。

「どこか遠くに越してもアンタが巻いた種のおかげでしつこく狙って来るという予感があるのさ……」
「………」
「父親の所に連れてっても良いけど、覚醒しないと渡れないしねぇ……」
「……渡る?」
「カッハハハ。こっちの事さ。それより四国の奴らだよ。アンタの組に喧嘩売ってんだ。どうにかしな」
「ああ……」

鯉伴は庭を見ながら考え込む。
天華も腕を組むと同じように庭を見た。
6月の下旬。枝垂れ桜の木は青々とした緑に包まれている。そして時折吹く風にサワリと葉を揺らす。
と、突然鯉伴はムクリと起き上がり、天華を見据えた。

「天華。響華ちゃんをうちに預けちゃくれねぇか…?」
「この家にかい?」
「ああ。ダメかい?」

天華は嫌そうに顔を顰めたが、しばらく目を閉じる。
そして溜息をつきながら目を開けた。

「ったく、仕方無いねぇ……。それが一番安全な策みたいだよ」
「じゃあ、決まりだな」
「でも、手ぇ出すんじゃないよ」
「判(わぁ)ってるって……」

ニッと笑う鯉伴に、天華は疑わしげな眼差しを向けるが、奴良家には下僕達の目がたくさん有るから手の出しようが無いだろう、と思いなおす。

「じゃあ、頼んだよ」
「ああ」

スクッと立ち上がる天華の横で鯉伴はまたゴロリと寝ころんだ
そんな鯉伴を横目で見ながら天華は思い出したように口を開いた。

「そう言えば、響華。アンタんとこの坊主とでぇとだって言ってたねぇ……。坊主はアンタと違って真面目そうだから響華を任せてもいいかもしれないよ…」
「………」
「カッハハハ。それじゃあ、邪魔したね」

天華は豪快に笑いながら、去って行った。
鯉伴はしばらく寝ころんでいたが、ふいに起き上がると頭をボリボリと掻く。
そして不敵な笑みを浮かべると、ふらりと奴良家から姿を消した。







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