え? え? え?
どこ行くの!? 鯉伴さんーっ!

慌てる私に構わず闇の中に身を躍らせた鯉伴さんは、いつの間に呼び寄せていたのか、大ムカデの上に着地する。
そして大ムカデの皮膚をポンと叩くと「あそこに行ってくれ」と頼んだ。
鯉伴さんの言葉を聞き、大ムカデは夜の町の上を泳ぐように進み出した。
鯉伴さんの腕の中、その暖もりが気持ちよくなり、私は頭を厚い胸板に凭れかけさせ目を閉じていた。


と、耳元で「着いたぜ」と囁かれ、うとうとしていた目を開く。
目の前にあったのは、小さな庵だった。周りは山で囲まれている。
耳を澄ますと虫の声やがホー、ホー、と梟の声が辺りに響き渡っていた。

ここは?

首を傾げていると大きな手で左手を掴まれた。

「こっちだ…」

手を引かれるままついて行くと鯉伴さんは庵の裏手に回った。
するとそこには闇の中淡い月の光を浴びながら白い花が一輪咲いていた。

「綺麗!」

なんていう花だろう?

清楚で凛とした雰囲気を醸し出している。
一輪だけでも見ていて飽きない程魅力溢れる花だった。
誘われるように傍に近寄るとバラでもないユリでもない。でも、とても優雅な香りが漂って来た。
そっと白い花びらに指で触れていると鯉伴さんの声が頭の上から降って来た。

「一輪ねぇ…。もっと咲いてると思ったんだがな…」

もっと咲いてるかと思ったって事は、別の日に来ればもっとたくさんの白い花を見れるという事?

そう思いつつも私は振り返りながら、違う事を聞いた。

「鯉伴さん。この花ってなんていうお花なんですか?」
「ん? 知らねぇのかい? 月下美人っつー花だ…。綺麗だろ?」
「はい!」

私は大きく頷くとまた月下美人の方に顔を戻し、その凛とした美しさと優雅な香りを楽しむ。
するとまた鯉伴さんは声を掛けて来た。

「響華ちゃん。何か感じねぇかい…?」
感じる? うーん?
えっと、この月下美人を見てると何故か無性に嬉しくて、胸がポカポカ暖かくなる。
多分、一生懸命綺麗に咲いた花に感動しているのかもしれない。
「すごく綺麗、です! それに良い香りだし…。見てるとなんだか胸がほっこり、します」

素直に感想を述べると鯉伴さんは嬉しそうに薄らと笑った。

「そうかい…」
でも、なんでこの花を見せてくれたんだろう?

不思議に思っていると鯉伴さんは私の隣に屈み咲いている月下美人を摘もうと手を伸ばした。

「ダ、…メっ!」

私は慌てて鯉伴さんの腕を掴み止める。

頑張って咲いてるのに、摘んじゃだめ!

そういう意味を込めて首を横に振ると、初めはキョトンとしていた鯉伴さんだが、何を思ったのかフッと表情を緩めた。

「そんな所は昔と変わらねぇな……」

へ? 昔とって、あれ? 私、鯉伴さんとこういうお花とか見に行った事あったっけ?
うーん……
この間見に行ったのは木に咲いた白いお花だったし……

はて? と一生懸命記憶を探っていると額に柔らかいものが触れた。
吃驚して見上げるといつの間にか傍に来ていた鯉伴さんの顔があった。
その優しい目は私を映しているが、私自身を見てないような感じがした。

あれ? この目ってどこかで……?
あ…。
幼稚園の時と同じ……っ!

そう。あの時は、月華さんと私を重ねていた。

もしかして、今も…!?

そう思うと、胸がズクンッと切り裂くように痛くなる。

痛い……。なんで?

そう思いながら自分の胸元をギュッと掴む。
と、鯉伴さんは片眉を上げ私の両肩を掴み、心配そうに口を開いた。

「どうした…? 響華ちゃん」

すると突然、頭の中に映像が流れ出す。

月明かりの下。
手を繋ぎながら見事に咲いた月下美人を愛でている二人がいた。
一人は鯉伴さん。もう一人は私に似た人で昔の着物を着ている。
二人は微笑み合いながら何かを話し、そして最後に長いキスをした。
私は何故かその映像を見たくなくて、ギュッと強く目を瞑った。
だが、映像は消えない。

嫌、だっ! 消えて!!
「響華ちゃん?」

その声にハッとするといつの間にか映像は消えていた。
でも、胸の中の痛みが消えない。
私の肩を抱く鯉伴さんの顔を見てるだけで、なんだか泣きたくなった。

「どっか具合でも悪ぃのかい…?」
「大丈、夫、です…」

でも、心配をかけたくなくて、無理矢理笑顔を作って誤魔化すと親指で眉間をなぞられる。

「眉が下がってるぜ…? 遠慮せず何でも言うんだ。響華ちゃん」
えっと、遠慮してないです。
本当に具合は悪くないし!

その言葉にブンブンと首を振っていると、突然お母さんの声が辺りに響いた。

「そこまでだよ」
う、え?







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