鯉伴さんの姿に目を丸くしていると、リクオ君がこちらにタタタッと駆けて来た。

「おはよう。響華ちゃん、カナちゃん!」
「おはよう、リクオ君」
「おはようー」

と、挨拶もそこそこにカナちゃんはリクオ君に近寄り、小さな声で尋ねた。

「ね。なんで、リクオ君のお父さんが居るの?」

うん。カナちゃんも鯉伴さんの存在を疑問に思っていたみたいです。
と、リクオ君はその問いに苦笑しながら答えた。

「あ、ははは。父さん、ここまで送ってくれたんだ」
「……過保護ね…」
「う……あ、あはは」

リクオ君は何も言えず、額に汗をかく。
と、リクオ君とカナちゃんの間を割るようにつららちゃんが姿を現した。

「2人とも、くっつき過ぎです!」
「わっ、つらら?」
「えっ、及川さん!? ……いつの間に居たの?」
「さっきから居ましたわ。ホホホホ…」
「あら、ごめんなさい」

何故か2人の間に突然黒い渦がゴゴゴと渦巻く。

カ、カナちゃんとつららちゃん、どうしたの!?

2人の穏やかじゃない様子に首を傾げていると、頭の上にポンッと大きな手が乗って来た。
誰だろう? と斜め上を見上げると優しい目をした鯉伴さんが居た。
と、ふいに『月華』と切ない声で呼ばれた記憶が胸の奥から浮かび上がる。
それと共にその声が、鯉伴さんの声に似ていた事に気付いた。
気付くと同時に何故か、ぎゅっと胸が痛くなる。

なんで胸が痛いんだろう?

不思議に思っていると鯉伴さんが口を開いた。

「…もう傷は痛まねぇのかい?」

と、その言葉に大鼠から頭を思い切り打ちつけられた事を思い出す。
そして、その前の自分勝手な行動も同時に思い出した。

「鯉伴さん。ごめんなさいっ! あの時、勝手に離れちゃって…」
「構やしねぇ…。そっちの子、助けたかったんだろ?」

鯉伴さんは片目でつららちゃんと険悪な雰囲気を作り出しているカナちゃんの方を見ると、柔らかく笑った。
私が頷くと髪をくしゃっとされた。
鯉伴さんが私の行動を判ってくれて、なんだか嬉しくなる。
そして2人をまあまあ、と宥めているリクオ君に向かって感慨深げに口を開いた。

「それにしても、リクオ。モテるじゃねぇか…」

くっと笑う鯉伴さんに気付いたリクオ君は、困り切ったような口調で言い返す。

「そんなんじゃないよ! もう…。それよか父さん、いつまでここに居る気だよ」
「オレがここに居ると邪魔かい?」
「そーじゃないけど! 父さん、やる事無いの!?」
「やる事ぁ、いっぱいあるぜ?」
「じゃあ、なんでいつまでもここに居るのさ!」
「まあ、いーじゃねぇか」

ニッと笑いながら、のらりくらりと受け流す鯉伴さんにリクオ君は、頭を抱える。
リクオ君は親にずっと傍に居られるのは恥ずかしいから、早く帰って貰いたいのかもしれない。
うん。私も皆が一人で来ている中、お母さんがいつまでも傍について居たら、なんだか、自分が甘えん坊のようでとっても恥ずかしい。

二人のやりとりを見ながら苦笑していると入り口から、清継君と島君。そして、巻さんと鳥居さんと花開院さんが連れ立って現れた。

「やあやあ、奴良君達、早かったね! 流石は名誉隊員! 意気込みが違うね! おや? 奴良君のお父さんも居るじゃないか。奴良君のお父さんもこの妖怪修行の旅に付いて来るのかい!?」
「なっ!? 違う、違うっ!」

リクオ君は近付いて来た清継君に向かって、思い切り首を横に振った。
その中、巻さんが目を煌めかせて鯉伴さんに駆け寄った。
そして鯉伴さんの腕に自分の腕を巻きつけ、胸をくっつけるように近付く。

「鯉伴様! 今日もお会い出来て嬉しいです!」

鯉伴さんはそれに少し吃驚するような顔をし体を少し引くが、頬をポリと掻くと「そうかい?」と返事を返した。
それを見ていると今度は、もわもわしたものが胸の中に広がった。

さっきから胸が痛くなったり、もわもわしたり……胃炎でも起こしてるのかな?

はて? と考え込んでいると島君が切符を買い、改札口を通って電車に乗ることとなった。
そこで、鯉伴さんと別れ、リクオ君はホッと胸を撫ぜ降ろした様子だった。

あはは…鯉伴さん、やっぱり、見送りに来たんだね。

私はそんなリクオ君を見ながら苦笑した。


それから数時間電車に揺られ、目的地の捩目山へと向かった。
色々あったが、自力で山を登りきった私は割り振られた部屋のベッドに沈んでいた。
一緒の部屋になったカナちゃんは、荷物を置きながら首を傾げる。

「響華ちゃん。大丈夫? 平気?」
「う、ん。疲れた…」

くたり、とした私にカナちゃんは、困ったような表情をする。

「今から露天風呂入るらしいんだけど、動ける?」

その言葉に私は枕に顔を埋めたまま首を横に振った。

「仕方ないわね。じゃあ、先にお風呂行くけど、後からちゃんと来るのよ」
「う、ん」

カナちゃんは再び苦笑すると、着替えを持って部屋を出て行く。
私は深い溜息をつき、節々の痛みに耐えていた。

ううっ…明日、筋肉痛?

心の中で嘆いていると、ふっと頭の上に温かいものが乗った。

誰!?







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