悪い予感が胸の中に広がり、私は居てもたってもいられなくなった。
でも、カナちゃんがどこに居るのか判らない。

良太猫さんは、自分の任された土地が奪われたって言ってたから旧鼠って敵の居場所知ってると思うけど……
リクオ君に付いて行き、今は居ない。
どうしたらいいの?
こうしている間に、もう手遅れになってしまってるかもしれない!

私は唇を噛み締めると私の頭の上に手を乗せたままだった鯉伴さんを真剣な目で見上げた。

奴良組の妖怪を纏める鯉伴さんなら、良太猫さんの奪われた土地の位置を知ってる?
ううん。きっと知ってる。

その考えに達すると私は口を開いた。

「鯉伴、さん! お願いします! 私をカナちゃんと花開院さんの所に連れてって下さい!」

鯉伴さんは何も言わず静かな目で私を見る。

多分、突然こんな頼み事をする私を不審に思ってるのだろう。
そして私が行くのはお門違いだとも思ってるかもしれない。
でも、今は鯉伴さんに頼るしかない。
駄目元でも、頼まないで後悔するよりはずっといい。

でも、やはり鯉伴さんの口から出たのは、断りの言葉だった。

「響華ちゃん。そりゃ危な過ぎるぜ…。止めときな」

判っていたが、その言葉に泣きたくなった。

この悪い予感が外れればいい。
でも、こんな悪い予感は小さい頃鯉伴さんが刺される映像を視て以来だ。
なんとかしないとカナちゃんと花開院さんが大怪我をしてしまうかもしれない。
いや、最悪死んでしまうかもしれない。

そんなの嫌!

私は鯉伴さんを見上げたまま、その着流しを両手でぎゅっと握った。

「お願い! カナちゃんと花開院さんが…っ 危ないの!」
「…そりゃどういうこった?」
「フム……」

不可思議な顔をする鯉伴さんの横でぬらりひょんさんは、私を見つつ自分の顎を擦った。

「もしや響華ちゃんは、先が視える神通力でも持ってんのかい?」

違う。
そんな力を持っていたら、こんなにたくさん後悔なんてしない!

鯉伴さんはぬらりひょんさんの言葉を聞くと少し考え込む。
そして私は唇を血が滲み出るほど噛み締めて、泣き出しそうな自分に堪えた。
と、鯉伴さんが突然片腕で私を抱き寄せる。

「鯉、伴…さん?」

吃驚する私を尻目に鯉伴さんはぬらりひょんさんに向かって薄く笑った。

「親父。ちょっくら行ってくらぁ」
「ウム。行って来い」

頷くぬらりひょんを尻目に、鯉伴さんは指笛を吹く。
すると暗闇の中から大きな百足の妖怪が現れた。
1メートル程空中に浮くその百足妖怪の背中に私を抱えたままヒラッと飛び乗る。
そして鯉伴さんはその百足妖怪の背中をポンっと叩くと、大きな百足妖怪はその身体を上昇させた。

「1番街まで行ってくれや」

鯉伴さんが空飛ぶ大きな百足妖怪に行き先を伝える中、私は鯉伴さんの胸元に捕まりながらカナちゃんの事を思った。

お願い。悪い予感、外れて! カナちゃん!


屋敷に残ったぬらりひょんは、息子と孫娘かもしれない少女を乗せた百足の妖怪の姿が小さくなるのを見送りながら、渋い顔で呟いた。

「鯉伴のヤツ、天華って言ってやがったが、まさかアイツじゃあるまいのう…」


ビョオビョオと風が頬に当たる中、私は鯉伴さんに捕まりながらも眼下に広がる街を見下ろした。
墨で塗られたような真っ暗闇の中、ビルや繁華街の灯りが星のように幾多にも灯っている。
その美しさにいつもならば見惚れてると思うが、今の私にはそんな余裕は無かった。
ただ、幼馴染のカナちゃんと、知り合ったばかりの花開院さんへの想いでいっぱいだった。

早く…、早く着いて欲しい!

心の中で焦っていると、眼下に一際明るい場所が見えて来た。
良く見ると大人数の妖怪さん達が二手に分かれて睨みあっている最中だった。
多分、奴良組の妖怪さん達と敵の大鼠妖怪達だろう。
鯉伴さんもそれに気付いたらしく、大きな百足を急降下させると喧騒から少し離れた路地へと降り立った。
だが、ここからでは、カナちゃん達がどうなったのか状況が判らない。
状況が判らなかったら何も出来ない。ここまで来たのに鯉伴さんに連れて来て貰った意味が無い。
私は意を決し、睨みあっている妖怪達の中へと足を踏み出そうとしたが、後ろから鯉伴さんに抱き締められ、前に進めなくなる。

「鯉伴さん…っ!」
「おっと…、一人であっちに進むと危ねぇぜ? オレに捕まっとくんだ。」

咎めるように鯉伴さんを見るが、言い聞かせるようなその言葉に私はコクリと頷く。
すると鯉伴さんは私の腰を抱えながら、奴良組の妖怪さん達に近付くとその間をスイッと歩き出した。
誰も鯉伴さんの存在に気付かない。奴良組の妖怪さん達はただ前方の敵を睨んでいるだけだ。

どうして?

不思議に思っていると前方に居るリクオ君の銀髪が見えて来たと同時に、敵のリーダーらしき妖怪の声が聞こえて来た。

「フッハハハッ! この人間の女達の命が惜しけりゃ、さっさと刀を捨てるんだな! 早くしねぇとこの女の首掻きっ切るぜ?」

その言葉に先程脳裏に横切った映像を思い出す。
そして再び悪い予感が身体を駆け巡った。

女って、もしかしてカナちゃん!?
嫌…っ!
「駄目! 殺さないで!!」
「おい! 響華ちゃん」

私は鯉伴さんの大きな手を振り外すと、何も考えず前方に駆け出た。
と、私の姿を認めた奴良組の妖怪さん達がざわめき立つ。

「お嬢!?」
「響華様!?」
「どうしてここに!?」

周囲から驚きの視線を浴びながらも私は奴良組の妖怪さん達の間を必死に前へと進んだ。
すると、敵のリーダーがカナちゃんを羽交い締めにし喉元に鋭い爪を付きつけている様子が見えて来た。
後ろには手下に掴まった花開院さんが居た。

カナちゃん!? それに、花開院さん!

羽交い締めにされたその姿に赤に染まったカナちゃんの姿が重なり、背中に冷たいものが走る。
頭の片隅では、リクオ君が居るからそんな事にはならない、と冷静に判断する私が居たが、悪い予感に気を取られていた私は冷静な判断が出来なかった。
恐怖心も飛んでしまっていた私は、ただ最悪の結果になって欲しくなくて、私が居る事に驚くリクオ君の横をすり抜け、カナちゃんを羽交い締めにしている鼠の妖怪に近付く。
そしてその身体を無我夢中で思いきり押した。

「カナちゃんを離して!」







- ナノ -