客室から出ると、庭に面した長い廊下を私達9人は歩き出した。
でも、いつもあちらこちらに居る小妖怪さん達の姿は無い。
あれ? どうして? 
自分の心配が杞憂に終わった事にホッとしつつも、私は心の中で首を傾げた。

先頭には、何かを探すように周りを見回しながら歩く花開院さん。
花開院さんの後ろに天然パーマ君と島君。その後ろに鯉伴さんと顔中に汗をかくリクオ君。
そして鯉伴さんの左側を陣取り、妖怪とは関係の無い事を聞く巻さんが居た。
鳥居さんはそんな巻さんの様子は気にかけず、廊下の左手に見える整った日本庭園を珍しそうに眺めている。
カナちゃんと一緒に最後尾を歩く私だったが、巻さんと気軽に話す鯉伴さんを見、また胸の中がもやもやとし出した。

うーん。このもやもやってなんなんだろう?
はて?

首を傾げていると前の方に居る天然パーマ君と島君の会話が聞こえて来た。

「清継君。妖怪いませんねー」
「島君。そんな事は無い!こんなにボロ屋敷だ…。絶対に居るはずさ!」

拳を固めて力説する天然パーマ君を見ながら、私は心の中で突っ込む。

うーん? 昔の日本家屋だから、古びて見えるだけで、ボロじゃないと思うんだけどな……

そう思っていると、私の左隣を歩いているカナちゃんが不安げに眉を寄せ呟いた。

「ゆらちゃんが言うように妖怪が出たらどうしよう……」
「え? あ、っと…、き、きっと出ないよ。うん。多分」
「そう?」

カナちゃんを安心させる為につい「出ない」と口にしてしまったのだが、今は偶然小妖怪さん達に遭わないだけで、もしかしたらバッタリと出会うかもしれない。

小妖怪さん達。このまま私達の前に現れちゃダメです!
滅せられます!

聞こえるハズもないのだが、私は心の中で小妖怪さん達を思い、訴えかけた。

ううっ…本当にテレパシー、使えればいいのに……。

と、突然、廊下に面した庭にある池からポチャン、という音がした。
その音に、池の方へバッと顔を向ける花開院さん。
花開院さんは口元を引き締め、険しい目で池を見た。
そんな花開院さんを見、池の方に視線を向けると天然パーマ君は確認するように口を開く。

「花開院君。もしかして…、妖怪かい!?」
「…………」

だんだんと興奮する天然パーマ君の言葉に応えず、花開院さんは眉を顰め緊張した面持ちで池を見つめた。
皆も不安げな表情になり、池の方に視線を向ける。
リクオ君は顔中に冷や汗をかき、「わわ…、きちんと隠れてって言ったのに!」と焦っていた。
その中、鯉伴さんだけは組みながら口角を上げ、池を見る。
と、おもむろに花開院さんは、制服のポケットから人型のお札をスッと出すとそれを投げる構えを取った。
緊迫した雰囲気の中、鯉伴さんを除く皆がゴクリと息を飲みつつ花開院さんを見守る。
私はそれを見て、心の中で慌てた。

池の中だったら、もしかして河童さん!?!?
で、出て来ちゃだめーっ

リクオ君と同じように焦っていると、ふいにチャポンッと音を立て、池の中から何かが飛び跳ねた。

「「「わっ! 妖怪!?!?」」」
「おいおい……。ただの鯉だぜ?」

片目を閉じ軽くコメカミを掻く鯉伴さんの言葉に、花開院さんは目を細め池の方を見やる。
そして、しばらくすると「あ。ほんまや…」と呟き、肩から力を抜き構えを解いた。
皆もほうっと息をつく。
しかし、花開院さんは納得いかないような表情で、首を傾げた。

「おかしい……。確かに妖気感じたんやけど…」

そう呟き、そしてまた周りを見回すと歩き出した。
皆は慌てて花開院さんの後をついていく。
私は河童さんが見つからなくて良かった……とホッとしながら歩き出す。
すると目の前を行くリクオ君が隣の鯉伴さんに耳打ちをする声が耳に聞こえて来た。

「とーさん! 河童が見つかってたらどーするつもりだったの!? ボクの平和な日常が滅茶苦茶になっちゃう所だったじゃないか!」
「ハハ…気にするな。お前が皆に隠れろっつったんだろ? 河童のヤツは見つかるようなヘマはしねぇ」
「そうは言ったけど、皆で家の中を探検するなんて思いもしなかったんだよ! なんで父さん皆に探検許したのさ!」
「お前ぇの友達(ダチ)の頼みを無碍(むげ)にするなんて悪ぃじゃねぇか…」
「……本当ーにそれだけ?」
「ったく、疑い深いこった…。誰に似たんだ?」

鯉伴さんは、呆れたような口調で何かを疑うようなリクオ君に答えている。

ん? リクオ君。何を疑ってるんだろう?

首を傾げていると、ふいに服の裾が小さく引っ張られたような気がして、そちらを向いた。
すると隣に居るカナちゃんが、さっきの事が怖かったのか私の服の裾をちょこっと掴んでいた。
何かを堪えるように口を真一文字に結んでいる。

もしかして、怖いのに平気なフリしてる?

私は、カナちゃんを元気づけるようその手をぎゅっと握った。
カナちゃんは不思議そうな表情で顔を上げ、私を見る。

「響華ちゃん…?」
「カナちゃん。私、さっきので吃驚したの。怖かったからこうしてて、いい?」

笑ってそう言うと、カナちゃんは数秒黙りこみ、その後口元を綻ばせた。

「うん。いいわよ。響華ちゃんには、やっぱり私がついてないとダメね」
「カナちゃん。ありがとう」

そう2人で笑いあっていると、ふいに前方を歩いていた鯉伴さんから声がかかる。

「響華ちゃん。怖ぇのかい?」
え? 
いや、いつも小妖怪さんと顔を合わせてるから、奴良家の妖怪さんは全く怖く無いんだけど、これはカナちゃんと手を繋ぐための口実で…

とは言えず、「は、はい」と困った顔をしながら頷いた。
と、そんな私をじっと見つめた鯉伴さんは無言でスイッと片手をこちらに差し出して来る。
そして口元を小さく上げた。

え、えっと、何か頂戴、っていう意味じゃないよね?
何もあげられるもの無いし……
もしかして、手を握ってくれるって事なのかな?

そう思い、戸惑いつつもその手に自分の手を重ねようとすると横から巻さんが、その手を握った。

う、え?

吃驚する中、巻さんは鯉伴さんだけを見つめて勢い良く口を開く。

「鯉伴様、私も怖いです! 手を握ってて下さい!」

その言葉を受け、鯉伴さんは肩眉を上げるが、そのままその言葉に頷く。

「別に構わねぇぜ…?」
「やったぁっ!」

喜び鯉伴さんの腕にしがみつく巻さんの姿に何故か胸の中にチクッとした痛みを感じる。
そしてもやもやしたものと、手を繋いでる2人を見るのが嫌だ、という複雑な気持ちに襲われた。

なんで……?

巻さんに腕を引っ張られながら私を振り返る鯉伴さんを見つつ、心の中で首を傾げた。







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