「親父はあんまり響華ちゃんと話した事ねぇじゃねぇか……」
「可愛い孫と一回くらい遊ばせてくれてもいーじゃろ」

2人の口論を聞きながら、私は心の中で突っ込んでいた。

ぬらりひょんさん。孫じゃないです。
そして、鯉伴さん。孫発言否定して下さい……


奴良家の広い玄関先で繰り広げられるぬらりひょんさんと鯉伴さんとの口論を聞きつつ項垂れているとふいに、クイクイ、とスカートの端を引っぱられた。
ん? と思い、引っ張られた方向を見るとそこには小さな鬼さんや一つ目小僧さんなどの小妖怪さん達が、居た。
リクオ君を連れて行った小妖怪さん達とは別の妖怪さん達だと判るが、何故私の周りに集まって来ているのか判らない。
首を傾げて見ていると小妖怪さん達が口を開いた。

「お嬢、お嬢、遊びましょうぜ!」
「今ならいつも邪魔するリクオ様も居ないですし!」
「ほれ、お嬢! こっちです、こっちです。遊びやしょー!」
「え? まっ……」

何が何だか判らない私を小妖怪さん達はグイグイと引っ張る。
手やスカートの端を引っ張られながら、一旦外に出、繁みと繁みの間の道なき道を通り、屋敷に面した広い庭園へと連れて行かれた。
広い庭は綺麗に整備されている。
外壁に沿って植えられた数十本のしだれ桜がサラサラと風に揺れ、花弁がちらほらと散っていた。
とても綺麗だ。
その風景に見惚れているとふいに大きな声が耳に入る。

「かくれんぼだーっ!」
「お嬢が鬼ですぜー!」
「皆、隠れろーっ!」
「「「おーっ」」」
は?

気が付くと周りに誰も居なくなっていた。

え? え? え?
かくれんぼ!?
い、いつの間に始まってたのー!?

キョロキョロ周りを見回すが人っ子……じゃなくて妖怪1匹いない。
ただ池の方からポチャッと魚が跳ねる音とししおどしの音がする。

ううっ……。私、かくれんぼする為に来たんじゃないのに……

心の中でそう嘆きながら、律儀に定番かと思われる木の繁みとか探してみた。
だが、居ない。

と、言う事は木の上か家の中……?

そう考えてつつ、しだれ桜の上を見上げながら歩いていると突然屋敷の方から「クゥラァアア」と男の人の怒声が聞こえて来た。
何? と思い屋敷の方を振り向くと、ある部屋の前に隙間から中を覗いているような格好で小妖怪さん達がびっしりと障子に張り付いていた。

はて? なんで皆あの部屋を覗いてるんだろう?

不思議に思いつつ皆が居る所へ近寄る。
へばりついてる小妖怪さん達は私をかくれんぼに誘った小妖怪さん達ではなかった。
前の方では毛倡妓さんと首無さんがじーっと隙間から中を覗いている。

「あ、の……?」

そっと声をかけたとたん、皆がバッと振り返り、しーっと口元に指を当て静かにするようジェスチャーをされた。
私はそれに小さくコクコクと頷く。
大声を出しては拙いのかと思い、小声で近くに居る小妖怪さんにそっと尋ねた。

「何、してるの……?」
「おー、お嬢。今、この部屋の中で若が鴆様と久しぶりに話ししてるんだよ」

その言葉に先ほどリクオ君が小妖怪さん達に運ばれて行った姿を思い出す。

あー……リクオ君この部屋の中で、鴆さんに会ってるんだね。
でも、”久しぶり”ってどのくらい久しぶりなんだろう?

素朴な疑問が沸く。
だって『鴆』という人物は、前世の知識として知っているが、実際に会った事は無い。
お母さんに内緒で休日は結構奴良家に結構遊びに来ているが、会った事が無いと言う事は、きっと鴆さんと会っていたのが平日なのだろう。
それか、滅多に外出をしなかった5歳以前。
そう考えていると、また何か忘れている事に気付く。

あれ? えっと、何か忘れてるような気が?
お母さんに関しての気がするけど……なんだったかな?

首を傾げていると私に気付いた毛倡妓さんがコイコイと手招きをした。
私はこそっと縁に上がらせて貰うと毛倡妓さんに近寄る。

「毛倡妓さん……?」
「お嬢も面白いから覗いてご覧なさいよ」
「へ?」
「7年ぶりくらいに会った若と鴆様の会合よ。温度差があって楽しいわよ」

毛倡妓さんの言葉を聞いて、真剣に中の様子を覗いていた首無さんが、バッとこちらを向いた。

「コラッ! 不謹慎な事言うな! 今若の度量を試されてるんだぞ! いざとなればこの紐で……!」
「アンタの方が不謹慎じゃない」

キュッと手の中の紐を伸ばす首無さんに呆れた視線を送る毛倡妓さん。
私もそんな首無さんに、心の中で突っ込んだ。

首無さん! ”いざ”っていう時って何!?
その紐で鴆さんをどうする気ですかーっ

と、部屋の中から会話が聞こえて来る。

「2代目が腑抜けになっちまった今、てめぇがしっかりしねぇでどうするよ!」
「あ、はは……鴆君、ボク人間だから3代目継げないよ」
「ふざけんじゃねぇ! カッコイイ総大将になって響華っつーヤツや皆を守るって言ってたてめぇはどこ行きやがった!」
「だって人間が妖怪の総大将になったらおかしいよ。ボクは妖怪じゃないから!」
「リクオ……この大バカ野郎がー!」

鴆さんの大きな怒声が響き渡ると共に、リクオ君とつららちゃんの慌てふためく声が聞こえて来た。
それを聞くと首無さんは「リクオ様!」と、慌てて障子をスパンッと開く。
そこには畳の上に多量の羽根が舞い散り、その中に唖然として座りこんでいるリクオ君とつららちゃんが居た。
一瞬、なんでつららちゃんがリクオ君と一緒に居るんだろう? と疑問が湧き出るが、2人に対峙した格好のまま激しく咳込み出した短髪の青年にそれは掻き消された。

「ぜ、鴆君?」
「えぇえーい、近寄るな! この軟弱者めが! ゴフッ」

心配げに近寄るリクオ君の手を忌々しげに振り払う短髪の青年鴆さんは、多量の血を吐く。

わ、わ、け、け、結核ー!?!?

部屋の中を伺っていた小妖怪さん達や首無さん達は鴆さんに慌てて駆け寄る。
吃驚して私も駆け寄ろうとすると、突然腰をがしりと掴まれた。

え? 誰!?

振り向くとそこにはぬらりひょんさんと口論していたハズの鯉伴さんが居た。

「おいおい、響華ちゃん。オレを放って何してんだい?」
「鯉伴さん!? は、なして下さい! あの人大変なの!」

腰を掴まれた中もがくが、なかなか抜け出せない。
そんな私にお構いなしで鯉伴さんは口を開く。

「相変わらず身体が弱ぇ一派だ……。響華ちゃん、鴆の事は気にすんな。いつもの事だ」
「え、でも、血がっ!」
「大丈夫だろ。行くぜ……」
行くって、どこに!?

にやりと笑い私をひょいと抱き抱えるとその場を去ろうとする鯉伴さん。

待って、待って下さい、鯉伴さんーっっ
「でも、救急車! 鯉伴さん!」

抱き抱えられたまま、身体や足を捻ったりして暴れるが、鯉伴さんはそんな私の鼻の頭を舐める。
吃驚して固まった隙に鯉伴さんは庭に降りた。
すると百足のような妖怪さんが現れる。
鯉伴さんは私を抱えたままそれに乗ると、屋敷を飛び立った。

り、鯉伴さん!? どこ行くのーーっっ!?!?
救急車呼ばなくていいのー!?



喧騒の中、2人が飛び立ったのを見ていた毛倡妓は頬に手を当てながら呟いた。

「2代目、お嬢に構い過ぎじゃない?」
「女の子だから仕方無いんじゃないか?」

それに答える納豆小僧。
毛倡妓の横に立ち、頭の後ろで手を組みつつ、納豆小僧も2人が飛び去った方を見た。

「そうかしら。まあ、2代目に限って愛情が行きすぎて自分の娘に手つけてしまったって事無いかもしれないけれどねぇ」
「だよなぁ。2代目に限ってなぁ」

2人でハハハ、フフフ、と笑い合うとまた飛び去った方向を見、また顔を合わせる。
そして、2人揃って呟いた。

「「まさかね」」

少し不安げな2人の後ろでは、どたばたと大変な騒ぎは続いていた。







- ナノ -