雲ひとつなく清々しい青空が広がる中、私はカナちゃんと学校へ登校しながら、一昨日土曜日にあった事をまだ考えていた。
そう一昨日の土曜日は、鯉伴さんの誕生日だったのでプレゼントを持って奴良家に行ったのだが、色々あって、何故か最後は鯉伴さんに月華さんという人物と間違えられるという事件があった。
本当に、鯉伴さんに月華さんと間違えられた事に吃驚だったのだけど……
他にも色々と疑問が沸いて来る。
鯉伴さん、月華さんと間違えたにしても、なんであんな事したんだろう?
もしかして、鯉伴さん、月華さんといつもあんなキスとかしてたのかな?
そう考えると何故か胸にもやもやしたものが広がる。
そして、鯉伴さんにとって月華さんってどんな存在だったんだろう? という問いも胸に広がった。
恋人さん? でも、若菜さんと結婚してるよね?
じゃあ妹さんかな?
ぬらりひょんさんに出来た子供は一人だったはず。それに妹が居たとしても、妹の首筋にキスしないと思うし……
んー……幼馴染さん?
うーん……かもしれない。でもそれだったら、鯉伴さんの子供の頃から一緒にいる人……?
あれ? でも、いくら小さい頃から仲が良くても喉元にキスするのかな?
あ。……もしかして、もしかして、鯉伴さんってスキンシップ好き!?
私は自分の脳内問答による答えにしっくり来、納得した。
胸までキスするほどスキンシップ好きなんだ、きっと!
うん。胸……。胸……。
そこまで考えると胸にキスされた感触を思い出し、羞恥に顔がボッと赤くなる。
ううっ…、胸は本当にやり過ぎだと思うから、今度鯉伴さんに会ったら、抗議しよう。うん。
私はそう固く心に誓った。
「響華ちゃん?」
「え?」
突然耳にリクオ君の声が飛び込んで来て、ハッと思わず周りを見回す。
と、そこは教室の中だった。
室内に響き渡る男の子達の笑い声や女の子達の華やいだお喋りの声が耳に飛び込んで来る。
あ、れ? 教室? さっきまで、カナちゃんと学校に登校してたのに?
私……また、登校中にぐるぐる考えてた!?
そう。私は気になる事があるとすぐそれについてぐるぐると考えてしまい、いつの間にか周りの時間が進んでいるのだ。
無意識的なクセなので、直しようが無い。
机を挟んだ前には不思議そうな顔をしたリクオ君が居る。
そして横の席からカナちゃんがキョトンとした顔で私を見ていた。
私は取り繕うように「あはは……」と笑う。
「ご、めんなさい。えっと、リクオ君。どうしたの?」
「いや……。話してても反応無いから、どうしたのかなって……。響華ちゃん、寝不足?」
「リクオ君、違う、違う。響華ちゃん今みたいに時々ぼうっとする時があるのよ。だから目が離せないの」
リクオ君に真相を教えるカナちゃんに私は苦笑しながら口を開く。
「うん……ちょっと考え事してたの」
そう答えるとカナちゃんは少し首を傾げた。
「もしかして、この間の旧校舎の事?」
「え?」
「そうよね。あそこ怖かったもの。うん。でも、妖怪なんて居なかったわよ?」
カナちゃんは、そう言い「なんで旧校舎の事なんて考えてるの?」という風に私をじっと見る。
カナちゃんの言葉にリクオ君は冷や汗を掻きつつあらぬ方向を見、私は枯れ枝のような手から掴まれた感触を思い出した。
そして、その恐怖が蘇り身体が少し震える。
カナちゃん、妖怪居たの……!
あ、れは……、本当に怖かった……っ
鯉伴さんが来てくれなかったら、どうなっていたんだろう……
それを思うと更に恐怖が増した。
と、リクオ君は話題を切り替えるように「あ」と呟くと、肩にかけていたカバンから紙袋に包んだ本を取り出す。
そしてそれを私に差し出した。
「響華ちゃん。これあげるよ」
「?」
首を傾げつつ受け取り中身を見ると、それはリクオ君の部屋にお邪魔した時に見せて貰った中国の南宗画集だった。
私は驚きに目を見張る。
その中、カナちゃんは私の手元を覗きこみ「響華ちゃん。時々、渋い趣味してるわね」と呟いた。
私はカナちゃんの呟きに渋くてごめんなさい……、と心の中で謝りながらも、机の前に立っているリクオ君を見上げる。
「これ、すごく高そうなのに、いいの……?」
「いいに決まってるじゃん! だって響華ちゃんの為に……あわわ」
慌てて口を噤むリクオ君に、私はまた首を傾げた。
でも、何故か心惹かれる絵がいつでも見れるなんて、すごく嬉しい。
「あり、がとう……!」
本当に嬉しくて、心からの感謝を込めて笑顔でお礼を言うと、リクオ君は少し頬を染め後ろ頭を掻いた。
そしてそのまま言葉を続ける。
「響華ちゃん。良かったら今日ボクん家来ない? 違うのがもう一冊あるんだ」
「違うもの?」
これの他に知らない……南宗画っ!
私はリクオ君の言葉に心躍らせ、リクオ君をもう一度見上げると深く頷いた。
と、横からカナちゃんが、口を開く。
「あー、ずるーい。リクオ君、私も行く! あ、でも今日はお店の手伝いしなくちゃいけないんだった……」
リクオ君家、行った事無かったから行ってみたかったのに、と残念そうに言うカナちゃんの言葉にリクオ君は苦笑する。
その中私は心の中でカナちゃんに突っ込んだ。
カナちゃん。カナちゃん。
リクオ君家は、妖怪さんたくさん居るから、怖がりのカナちゃんは止したほうがいいよ……。
私は小妖怪さんなら見慣れているので驚かないけど、怖がりのカナちゃんはきっと驚くと思う。
そう思っているとリクオ君は笑顔でカナちゃんの言葉に頷いていた。
「あはは。うん! また今度ね」
「リクオ君。絶対よー!」
念を押すカナちゃんの言葉にリクオ君は明るい笑顔のまま答える。
私はそれを見ながら、微かに溜息をついた。
リクオ君……。カナちゃん家に誘うのは良いけれど、妖怪さん達はどうするの……?
カナちゃん、怖いの苦手なのに……
そんな私の心配を余所に始業のベルが鳴るまで、3人で他愛無い話しをした。
その中、ふと何か忘れている事に気付くが、なかなか思い出せなかった。
私は、画集の事ばかりに気が行き、お母さんから言い付けられていた事をすっかり忘れていた。
リクオ君と一緒に下校をし、奴良家の大きな木造の門をくぐるとあちらこちらの木陰から小妖怪さん達がぴょいぴょいと飛び出して来る。
「お嬢だ、お嬢だー!」
「めっずらしー! 連日でお嬢が来たー!」
「ばぁか、昨日来てねーから飛び石だろ?」
「絵双六しようぜー! それか投扇勝負だー」
毎回繰り返されるこの騒ぎに私は「あはは……」と乾いた笑い声を洩らす。
こんなに親密にしてくれるのは、長く生きていると思われる小妖怪さん達にとって私は子供みたいな存在なのだからかな?
それとも、リクオ君と鯉伴さんの知り合いだから?
と、リクオ君は、私の前に立ち小妖怪さん達に向かってカバンをブンブンと振り回した。
「もー、皆、いい加減にしてよ! 響華ちゃんはボクのお客様なんだからね! 皆と遊んでる暇無いの!」
小妖怪さん達はそのカバンをひょひょいと避けヒソヒソと囁き合う。
「若はお嬢を独り占めしてぇらしいぜ」
「ずりーよなー。ガッコってとこでずっと一緒なのになぁ」
「……うるさい」
そんな小妖怪さん達の頭にリクオ君は鉄拳をゴンッと落とした。
「ひぃーっ、いてぇーっ」
「若、ひでぇーっ!」
あ、はは……小妖怪さん達、目に涙溜めてる。痛そう……。
そう思っていると玄関から腕を組んだぬらりひょんさんが出て来て、私達の元へ歩み寄って来た。
「リクオ。なーに、騒いどるんじゃ。さっさと家に入らんかい」
顎を玄関の方へしゃくるぬらりひょんさんに私はペコリとお辞儀をする。
うん。人様のお宅にお邪魔する時は礼儀が大事だよね。
するとぬらりひょんさんは、私を孫娘を見るような目で見、相好を崩した。
「おうおう。響華ちゃん、よう来た。いつも礼儀正しいのう……。それに比べリクオ。お前ぇはひょろひょろなさけねぇ。少しは鯉伴の跡を継ぐ男らしく、悪の限りを尽くさんかい!」
「断る! ボクは立派な人間として生きたいんだ! じいちゃんや父さんみたいな悪い妖怪になるなんて嫌だ!」
ん……?
私は2人の会話に違和感を覚え首を傾げた。
あれ? そう言えば、ここって『ぬら孫』の世界だけど、鯉伴さんが生きてるからリクオ君、3代目継がなくて済むんじゃないのかな?
それとも仁峡道の世界に早く慣れて欲しいと言う事で、今からぬらりひょんさんと鯉伴さんに教育されてるのかな?
うーん?
そう考え込んでいると突然右腕を掴まれ引っ張られた。
「わっ!?」
吃驚して引っ張られた方向を見ると、怒った表情のリクオ君が私の腕を掴んでいた。
「リクオ、君?」
「じいちゃんに取り合わなくていいよ! 行こ!」
「こーりゃ! リクオ! まだ話しは終わってねぇ!」
後ろから、ぬらりひょんさんの怒声が飛んで来るが、それを無視しズンズンと玄関に向かって歩くリクオ君。
私は後ろを気にしつつも、腕を掴まれたままリクオ君に引っ張られながらついて行った。
そしてリクオ君がガラリと玄関の扉を開くと、そこには先ほどとは違う小妖怪さん達が輪になり、何かの箱に群がっていた。
格調高そうな衝立に凭れもぐもぐと何かを食べている鯉伴さんも居る。
鯉、伴さん!?
一昨日の事を思い出し、思わず顔に熱が籠る。
恥ずかしさで胸が一杯だ。
でも、あれはスキンシップのハズ。スキンシップ、スキンシップと言い聞かせ、自分の心を平常心に戻した。
「父さん……。いい年こいた大人が玄関で何食べて恥ずかしくないの!? ……って、何その高級菓子!? また悪さしたの! 父さんっ!!」
リクオ君は勢い良く靴を脱ぎ捨て、ダッと鯉伴さんに詰め寄る。
しかし、鯉伴さんはそんなリクオ君を余裕有りげな表情で見、その後、自分の口元へ静かにしろ、という風に指を立てた。
「静かにしな、リクオ。オレぁ今日は留守してる事になってんだ……」
「はぁ!? なんで留守なんて言ってんの!? ワケ判んないよ!」
怒鳴るリクオ君のズボンを納豆小僧さんが引っ張った。
そして、高級菓子の事を怒っていると思ったのか、その経緯を口にする。
「リクオ様、リクオ様、今、鴆一派の鴆様がいらしてるんですよ。その高級菓子も鴆様のお土産です」
「え? 鴆君が?」
リクオ君はパチクリとした目で納豆小僧を見返し、そして少し考え込んだ。
その後、何か気付いたような表情になると鯉伴さんをギロリと睨む。
「父さん……。鴆君と会いたくないから居留守使ってんの?」
「おいおい、リクオ。オレぁ、今、留守だから会えねぇだけだぜ?」
「ちゃんと居るじゃないかー!」
「リクオ。グダグダ言わず行け」
何時の間にかリクオ君の後ろに現れたぬらりひょんさんが、鯉伴さんに怒るリクオ君の背中をドンと押した。
「ちょ、ちょっとー!?」と言うリクオ君を、ぬらりひょんさんの指示で動く小妖怪さん達が、腕を引き奥へと連れ去って行った。
それを見送る鯉伴さんとぬらりひょんさんは、にっと笑い合う。
あ……れ? やっぱり、リクオ君を早くから教育しようとしてるの?
でも、なんでだろう?
心の中で首を傾げていると、ふいに鯉伴さんとぬらりひょんさんがこちらへと振り返った。
鯉伴さんの視線にドキリと一瞬心臓が跳ね上がるが、続く2人のセリフに私は心の中でカクリと項垂れた。
「よう、響華ちゃん。今日はどうした? オレに会いに来たのかい?」
「違うじゃろ。響華ちゃんはこのワシん所に遊びに来たんじゃ」
2人とも……違います。
でも、リクオ君が居なかったら2冊目の画集……見れないかも……。