片方の耳まで這い上がって来た生暖かいものがふいに耳の穴の中に侵入する。

「やっ、な、にっ…!?」

逃げようとしてもいつの間にか腕の上を押さえこまれるように抱き締められ、身体を動かせなかった。
そこからむずむずするような感覚が沸き、それがいつしか甘く痺れ出すようなものへと変わる。
それに耐えるよう、目をきつく閉じると眉を寄せながら私は鯉伴さんの着物の袖をきつく掴んだ。

「ふぁっ、な、んで…っ、んうっ」

暫らくの間差し込まれていたぴちゃぴちゃと音を立てながら侵入していたぬるついた舌が抜かれる。
その感覚が無くなりホッとするが、すぐに耳たぶをパクリと食まれた。
そのとたん首をすくめたいようなくすぐったさを感じ、目をきつく閉じる。
それは味見をするかのように耳の周りを舐めはじめた。
ぬめった感触にビクビク、と身体が震える。

「んっ、やっ!……鯉、は……さっ!」

私がそう声を洩らすと耳元で小さく囁かれた。

「月華……」
げっ……か?
その名前は、確か数年前にも聞いたことのある名前。
確か、私に似てる人の名前。
鯉伴、さん……もしかして、また私に似てるっていう月華さんと間違えてる?

急に冷や水を頭へ浴びせられたように心の中が急速に冷たくなる。
そして何故か悲しみが胸の中に広がった。
共に、嫌だ、という気持ちが膨れ上がる。

私は、月華さんじゃ、ない……っ!

唇をギュッと噛み締めると、鯉伴さんの腕の中で力の限り身体をもがかせた。

「いやっ! 私、違うっ!……あっ!」

だが抵抗も虚しく、そのまま向きを変えられドサリ、と畳の上に押し倒された。
そして覆い被されると首筋に頭を埋められる。

「え!? んっ…、いやっ、やめっ……っ」

また首筋を這う唇の感触にゾクゾクッと震えが走った。
それを振り切るように私は強く首を振る。
が、私の行動は意味を成さず、鯉伴さんの唇は首筋から鎖骨へと下りて行った。
時折、チクリとした小さな痛みを伴わせながら。

そしていつの間にかプチリとブラウスのボタンが外され、ぬるりとした舌が胸の谷間を這う。
甘い痺れの中、悲しくて、怖くて、止めて欲しくい想いが渦巻く。
痺れに震える手で、鯉伴さんをどかそうと試みるが上手くいかず、反対に肩にすがるような形になってしまった。
ブラをずらされその膨らみを捏ねるようにゆっくりと揉みほぐされる。

「っ!! やっ、あっ、だめっ…! 私は、……響華……んっ!」

鯉伴さんに訴えている途中、胸の先端がぬるりとした暖かいもので包まれた。
口に咥えられた膨らみの先端は、熱くぬるりとした舌で転がされ時折吸い上げられる。
先ほどとは比べようにならないほど言いようのない甘い痺れが身体中を走り、我慢出来ずに鯉伴さんの頭にしがみついた。

「ふぁんっ、んっ、ち、が……っ」

私は月華さんじゃない、違う、と言いたいのだが、与えられる甘い感触の所為かまともに話せない。
口からは、自分のものでは無いような声が絶えず上がる。
ブラウスは全て肌蹴られ、そのぬるついた舌は胸からおへそへ向かって移動した。
そのくすぐったさを含む感覚に身体を捻らすと、遠くから「2代目ぇええー!」という声と共にドタドタドタと誰かが廊下を走る足音が聞こえてきた。
それと共に鯉伴さんはハッとしたように動きを止める。
そして、ゆっくりと上半身を起こすと私の顔を見た。

鯉伴、さん……?

何を思っているのか判らない鯉伴さんのその視線を見返すと鯉伴さんは私の頬に手を這わせた。
そして、いつの間にか涙が少し溜まっていた目尻を親指でなぞった。

「怖ぇ事して悪かった……」

鯉伴さんは目尻をペロリと舐めると優しげに笑う。
そのいつもの鯉伴さんの優しい笑顔にホッと安心感が胸を満たした。
そして、鯉伴さんは自分の来ていた羽織を脱ぎ、私の上半身にぐるりと巻きつけた。
と、部屋に辿り着いたのか障子の向こうで大声が上がる。

「2代目! ここにいやすか!? わざわざ遠くから祝いに来てくれた親分衆が首長くして待ってやす!」

鯉伴さんは私の頭に片手を置きながら、その言葉にスッと立ち上がる。
立ち上がる鯉伴さんを見上げる中、鯉伴さんはいつものように不敵に笑いながら片腕を懐の中に入れ、障子を開けた。

「親父が居るじゃねぇか…」
「せっかくここまで来たから、2代目に挨拶してぇって事で。でも、その中にすっげぇ別嬪がいるんでさぁ!」
「へぇ、誰だい? そいつぁ?」

鯉伴さんはそれを聞くと顎に手を当て、興味深そうな顔をした。
妖怪さんが名前を告げると暫らく考え込んだ後、私の方へゆっくりと振り向く。

「仕方ねぇ…。それじゃあ響華ちゃん。ここでゆっくり休むんだぜ?」

そう言うと鯉伴さんは部屋を出て行った。
グルグル巻きにされたまま、私は先ほどの事を思い出し、すごく恥ずかしくなり真っ赤になった。

ううっ……。月華さんに間違えられたとは言え、胸を、胸を……っ
鯉伴さん、止めてくれてもいいのにっ……
……でも、あの時以来、私を月華さんと間違える事は無かったのに、一体どうしたんだろう?

何故? という疑問が沸き出でたが、先ほど目の前で繰り広げられた鯉伴さんと妖怪さんとの会話がふいに思い出された。
特に『別嬪の客』という言葉に反応を示した鯉伴さんの様子を思い出す。
それと共に何故か胸が重苦しくなった。

え? 胸焼け?
私そんなに食べたっけ?
うーん? 食べて、ないよね?
っ!? もしかしてこれって病気!?

私は今度市立図書館に置いてある医学事典でこの症状を調べてみようと決意した。



でも、このグルグル巻き……。一人じゃ取れない……。

一人でもがいていると部屋の前を黒い翼を持つ妖怪さん、黒羽丸さんが丁度通りがかった。
私は声を掛けて黒羽丸さんにグルグル巻きを解いて貰う。
だが、解かれると前が開いたままのブラウスから胸が丸見えとなり、それをバッと隠しながらも羞恥にまた顔を赤くした。
黒羽丸さんは、思い切り顔を背けると「すいません! 響華様!」と言い勢い良く立ち上がる。
そして部屋をすごい勢いでダッと飛び出して行った。
その後すぐ、何かにぶつかるような大きな音が聞こえてくる。
そして会話が聞こえて来た。

「ちょっとー、黒羽丸ー、壁にぶつかって酔ってんのー?」
「すまん! ぶふっ」
「えっ!? ちょ、あんた、顔打った? 鼻から血ー出てるじゃない!」
「な、なんでもない!」

私は、その会話の内容に黒羽丸さんの事が心配になった。

く、黒羽丸さん? どうしたんだろう? 大丈夫かな……?

その後、数時間過ぎるが鯉伴さんが部屋に戻って来なかった。
無意識に鯉伴さんの事や月華さんという人物の事をぐるぐる考えているとお母さんが迎えにやって来る。
が、何故か、頬に口紅らしき跡が付いていた。
まるで女の人にキスされたようだった。

どうしたの? と突っ込みたかったが、何故か忌々しげな顔をしていて声がかけ辛かった。

お母さんに限って女の人と付き合うって事は無いだろうけど……
何をしてたんだろう? はて?

お母さんは何も語る事無く、私をアパートへ連れ帰った。

でも、月華さんって……本当に、誰?
鯉伴さんにとって、どんな、人なんだろう?

何故かその名前を繰り返す度、胸の奥がチクリと痛んだ。







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