呆気に取られていた私はしばらくすると、はっと自分を取り戻す。
そして、自分が何の為にここへ来たのか思い出した。
決して、南宗画集を見る為ではない。
鯉伴さんに誕生日プレゼントを渡しに来たのだ。
だが、鯉伴さんは忙しいので用事が済むまでリクオ君の部屋にと通された。
そして、いつの間にか画集の事に夢中となってしまった。
せっかく鯉伴さんに会えたのに、お祝いの言葉も言えなかったのだ。
私は心の中で、自分の間抜けさに肩を落とした。

ううっ……私って……

自分の情けなさを感じていると、リクオ君は私の横に再び座り、首無さんが持って来たジュースを差し出して来た。

「はい。響華ちゃん。喉乾いただろ? 休憩しようよ」

私は眉を八の字にしながら、お礼を言いつつそれを受け取った。
帰る前にまた鯉伴さんに会えるかな? 会えたら今度こそお祝いの言葉贈ろう、とストローに口を付けながら密かに決意を固めていると今度は複数の小さな足音が廊下の向こうより聞こえて来た。
それがこの部屋に近づいて来たかと思うとまた障子がガラッと勢い良く開けられた。
現れたのは納豆小僧さんだった。
後ろには小妖怪さん達が数人いる。
皆、昼間からお酒を飲んでいたのか、揃って顔が真っ赤だ。
納豆小僧さんは、吃驚している私とリクオ君を見ると口を開いた。

「ハッハッハッ、若ー! お嬢ー! 何部屋の中籠ってんですか! 今日は目出てぇ2代目の誕生日だ! お二人も一緒に祝いましょうぜー! よし皆ぁ、お二人を広間に連れてけー!」
「「「「「おー!」」」」」

後ろに居た小妖怪さん達は、納豆小僧さんの号令にワラワラと私達を囲むと、抵抗する間もなく担ぎあげられた。

「ちょ、皆、待って!? ボク達勉強してるんだよー!?」
「それ、わっしょい、わっしょいー!」
「「「ひゃっほー!」」」

酔った小妖怪さん達には狼狽するリクオ君の言葉が通じなかった。
そのまま、私とリクオ君は小妖怪さん達数人に担ぎあげられながら、広間に連れていかれた。


広間に着くとそこは、凄いどんちゃん騒ぎだった。
様々な妖怪さん達が集っている。
獣のように全身毛むくじゃらに一つ目の妖怪。
身長3mぐらいもある大きな背丈に齧歯類(げっしるい)のような顔を持つ妖怪。
人間では有り得ないような大きく鋭い目に暗い光を宿しながらお酒を飲む妖怪。

私は、5歳の時から時々この家に遊びに来るようになったのだが、小妖怪さんや人型妖怪さんしか見た事が無かった私は、恐怖に凍りついた。

小さい妖怪さんは、なんだか愛嬌があり、あまり怖さは感じない。
人型の妖怪さんは、妖怪と言われても人間と変わらなかったので全く抵抗感無く、ただ、ああこの人達って妖怪さんなんだなぁ・・と漠然と思っているだけだった。

だが、目の前の大きな人外の顔を持つ妖怪さん達に恐怖が沸き、身体がすくみ、心臓がバクバクと音を立て出す。
心臓が恐怖にきゅっと竦み上がった。

こ、わい……っ

すぐさま逃げ出したくなる衝動に駆られる。
だが、小妖怪さん達はその腕を離してくれそうも無い。
先頭に立って小妖怪さん達を指揮していた納豆小僧さんは、強気な光を目に宿すと広間の入り口で口を開く。

「えーい、どけどけぇー! 若とお嬢のお通りだぜー!」

私と同じように抱えあげられていたリクオ君は、その言葉に呆れたような顔をする。
と、納豆小僧の言葉を聞いた妖怪さん達が一斉にこちらを見た。
そして私の姿を認めると騒めきが広がる。

「おい、あれが噂の2代目の妾の子か?」
「いや、若の嫁候補って噂も聞いたぞ?」
「まるっきり人間じゃあねぇか」

ざわざわ、とざわめく妖怪さん達を尻目に納豆小僧さんは「どけどけぇ〜い!」と、上座の方へ続く道を作りながら、のっしのっしと胸を張りながら歩いて行く。
上座では、幹部と思われる妖怪さん達とお酒を酌み交わしているぬらりひょんさんと鯉伴さんが居た。
小妖怪さん達に担がれた私達の姿に気付くとぬらりひょんさんは、面白そうにリクオ君に声をかけた。

「なんじゃリクオ。お前も飲みに来たのか? ん?響華ちゃん、久しぶりじゃのう」
「よう、リクオ。勉強はもう終わったのかい?」

にやにやと笑う好々爺の姿をしたぬらりひょんさんの横で、白い盃を傾けながら不敵な笑みを浮かべる鯉伴さんが続けて口を開く。

「そんなワケないだろ! もー、皆、降ろしてよ!」

もがくリクオ君と身体を強張らせた私を小妖怪さん達は、上座に降ろす。
すると、毛倡妓さんやつららちゃんが鯉伴さんの隣に私とリクオ君の席を素早く作ってくれた。

だが、恐ろしい形相の妖怪達に囲まれて生きた心地がせず、奥から沸き上がる恐怖心に耐えていた。
目の前に並べられた美味しそうな食事の数々も全く食べる気が起きない。
箸を持ったまま、膝の上のスカートをぎゅっと握り、恐怖に耐えていると隣で仕方無しに座っていたリクオ君が顔を覗き込んで来た。

「響華ちゃん、どうかした? おかず、嫌いなものでもあった?」

私はその言葉に首を横に小さく振り、心配させないよう無理矢理笑顔を作る。

「だいじょうぶ、だよ? おいしそうだね」

私はそう返事をすると箸で蒲鉾を抓み、口の中に入れる。
が、味が全くしない。

私はこの場から早く退出したかった。
そして、早く家に帰りたかった。

と、リクオ君の肩や頭に小妖怪達が無礼講とばかりに乗っかかり、その手にお酒をなみなみと注いだ大きな盃を持たせ、やんややんや、と囃したてた。

「若! ぐいっと一気に!」
「よっ! リクオ様ー、お嬢に男を見せる時ですぜー!」
「若ー、頑張ってー!」

リクオ君は躊躇するが、「男を見せる時」と言うセリフにチラリと私を見ると、決意を決めたような目をし、ぐいっと盃を煽った。

リクオ君。お酒は20歳からです、と突っ込む余裕も無く、私は両手を膝の上に置いて身体を固くしていた。
上座に座っている所為か、怖い妖怪さん達の視線が更に集まっているのが判る。

怖く、ない。
怖く、ない。怖く、ない。
奴良組の妖怪さん達は、私を食べない。食べない。

心の中でその言葉を何度も念仏のように唱えながら、自分に言い聞かせるが、恐怖心は薄れない。
人外の容貌を持った妖怪さん達を視界に入れないよう俯き、身体を固くしていると突然ふわりと身体が浮かんだ。

え!?

吃驚して目を見開くと鯉伴さんが私を姫抱きにしていた。
突然の出来事に吃驚するが、鯉伴さんの力強い腕の中の暖かさに何故か安心感が少し心の中に広がる。

「親父、悪ぃ。ちょっくら響華ちゃんを部屋に寝かせて来るや」
「おう。お前ぇも過保護じゃのお」

鯉伴さんはその言葉に反論せずそのままニヤリと笑み、私を腕に抱えたまま広間を後にした。

いつもの私だったら、ぬらりひょんさんも私の事、鯉伴さんの子供と勘違いしてる!? 鯉伴さん、違うって否定しないのー!? と突っ込むのだが、怖さでいっぱいいっぱいだった為、突っ込めなかった。
そんな私を鯉伴さんはいつも通される客間とは違う部屋に連れて行く。

そこはリクオ君の部屋と同じ広さなのだが、置かれているものが違った。
年代物の桐の箪笥に黒の座卓。
そして煙管が置かれた煙草盆が傍にあった。

その部屋に着くと私は無意識に口から安堵のため息を小さくつく。
鯉伴さんは座卓の近くに私を抱えたまま腰を下ろすと、そのまま髪を撫ぜてくれた。

「どうした、響華ちゃん……。何かあったのかい?」

私は鯉伴さんの腕の中で小さく首を振った。

何も、無い、です。
ただ、見た事が無かった人外の容貌を持つ大きな妖怪さん達が怖かっただけ、です。

と、その妖怪さん達と家族同様に住んでいる鯉伴さんには言えなかった。
髪をゆっくりと撫ぜられる中、優しくしてくれる鯉伴さんに申し訳なくて、私は俯き鯉伴さんの胸元をぎゅっと握り締めながら心の中で謝った。

心配かけて、ごめんなさい。
怖がって、ごめんなさい……。







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