むせる私の背中を撫ぜてくれる鯉伴さんを見上げる。
そして数日前教えて貰ったばかりのお礼の仕方を思い出し、恥ずかしさに視線を下に向けた。
この世界で親しい人へのお礼を教えて貰っても、前世では全くそんなお礼の仕方とか教えて貰った事が無い。

……あんなお礼の仕方、知らない、です。
と、言うか、原作にもああいうお礼の仕方なんて出て来てなかったんじゃなかったかな?
もしかして、あれって妖怪流の親しい人へのお礼の仕方?
うーん、前世でも人種が違えば習慣も違ったし、妖怪のお礼の仕方も当てあはるかもしれない。

でも、鯉伴さん。私人間です。
人間の私に妖怪流のお礼の仕方教えてどうするのー!?

心の中で私は盛大に突っ込む。
でも、私が知ってる鯉伴さんの性格を思い出す。
もしかしたら鯉伴さん、私がもし他の優しい妖怪さんに助けられた時の事を考えて、お礼の方法を教えてくれたのかもしれない。
それに、リクオ君とは話せなかったけど、鯉伴さんの言葉に勇気付けられた事には心から感謝してる。

私はそう思いなおすと鯉伴さんに向き直った。
でも、やはりいざとなると恥ずかしさで教えて貰ったお礼をする事に躊躇してしまう。
鯉伴さんは組んだ足に両手を置いて私の目を見返した。

その顔はいつもの鯉伴さん。
ただ、妖怪流のお礼を待ってるだけの様子。

私は鯉伴さんの視線を受けながら、心の中で滂沱の涙を流した。

ううっ、女は度胸って誰かが言ってた気がするけど、こんなに恥ずかしい思いするなら女の子でなくてもいいですっ!

「響華ちゃん、オレが教えた事、忘れちまったのかい?」

ぐるぐるしながら自分の思考に沈んでいると、鯉伴さんがそう口を開いた。
私はその言葉に首を緩く振る。

忘れてないです。
うん。あんな恥ずかしい事、忘れたくても忘れられないです!

そう突っ込んでいると、また鯉伴さんは吃驚するような事をのたまった。

「もう一回じっくり教えねぇといけねぇか……?」

顎に手を当てながら思案している鯉伴さんに私はブンブンッと頭を強く振る。

鯉伴さんに教えて貰えるのは嬉しいのだけど、あれは恥ずかしすぎるから嫌です!

私が首を振る様子を見て、片眉を上げ顎に手を当てながら、「そーかい?」と言う鯉伴さんに、覚悟を決め鯉伴さんに近づいた。
そして私は口を開く。

「鯉伴さん。ありがとう、ございました。すごく感謝、してます……」

そう言うと鯉伴さんの肩に両手を付いた。
そして顔を近付け、鯉伴さんの形の良い唇をチロリと舐める。

ううっ、恥ずかしい……、すごく恥ずかし過ぎですっ!

舌に感じる鯉伴さんの唇の感触がすごく恥ずかしい。

私はそれに耐えきれずバッと顔を離した。
恥ずかしすぎて顔が熱い。多分、真っ赤になっているかもしれない。
が、10cmくらいしか顔が離れきれなかった。
いつの間にか、頭の後ろに鯉伴さんの大きな手の平の感触がある。
背中にもだ。

吐息が感じるほど間近にある鯉伴さんの顔。
鯉伴さんは顔が近い事を一向に気にする事なく、静かな声音で私に話しかけた。

「オレが教えたモンとはちっと違うみたいだぜ? 響華ちゃん」
「う……、えっと、あの……」

私は、真っ赤な顔でどもりつつ返答しながら、どう言おうか迷った。

恥ずかしいから、最後まで出来ません、と言いたい。
でも、せっかく親切で教えてくれたのに、出来ません、と言うと鯉伴さんの優しい真心を踏みにじるようで言えない。

私の恥ずかしさが伝わっていたのか、鯉伴さんはゆっくりと言葉を続けた。

「礼は誰でもするこった。恥ずかしがる事ぁねぇ」

ううっ、そう言われても恥ずかしいものは恥ずかしいんです!鯉伴さん!

と、私は学校でお礼を先延ばしして貰った言葉を思い出す。

あ……先延ばしして貰って、恥ずかしさをなんとかして克服すればきっとお礼が出来るかもしれない!

そう思い私は学校で言った言葉を繰り返した。

「り、鯉伴さん……、お礼はまた今度、じゃダメ、ですか?」

その言葉を聞いた鯉伴さんは片眉を上げるとにやりと笑う。

「いいのかい? 高ぇ利子が付いてくるぜ?」

は?

私は目を丸くする。

利子? 利子ってあの借金返さなかったら取られる利子の事だよね?
え? え? え?
もしかして、妖怪の世界での「お礼」って借金と一緒!?
お礼しなかったら、妖怪の世界って利子が付くのー!?

思わず心の中で驚きの声を上げていると、目の前の鯉伴さんの顔が更に近くなった。

「早くやんねぇと……最後には食っちまうかもな」

思わず脳内で、ほっこり唐揚げにされ食卓に出される場面を想像してしまう。

いーやーっ!私は美味しくないです!鯉伴さん!唐揚げは鶏のモモ肉の方がジュシーでそっちの方が食べ甲斐があります!

そう心の中で悲鳴を上げつつ、私は脳内でさっきの続きをした方が良いのか、それともお礼をしないで唐揚げにされた方が良いのか天秤にかけた。
それは簡単にさきほどの続きをする方へと傾く。

うん。恥ずかしいけれど、続きをする方が良いです。
優しい鯉伴さんが本当に食べてしまうのか謎だけど、多分、他の妖怪さんへのお礼をしなかったら食べられてしまうよ、って教えてくれてるんだよね。きっと。
うん。鯉伴さんは、人間食べない、食べない。
そう自分に言い聞かせるが、もしかしたら、とどこかで思ってしまい、やはりお礼の続きをした方が無難だと結論を出す私が居た。

私は意を決し触れるくらい近かった鯉伴さんの唇へ、ちろりと舌先を出して舐める。
そして恥ずかしいと思いつつ唇をくっつけ、恐る恐る鯉伴さんの唇わ割り口の中へ舌を進めた。
緩められていた鯉伴さんの歯列の間を通り、その咥内に自分の舌はするりと入り込む。
と、ふいに自分の舌が鯉伴さんのぬるつく舌に触れた。
私はその感触に吃驚し、思わず舌を引っ込める。

だが逃れる事が出来なかった。
頭の後ろを強く押さえられ、腰に回された手で鯉伴さんにきつく抱き込まれたのだ。
唇が強く重なる。
鯉伴さんの肉厚の舌が私の舌をぬるり、と追いかけてきた。

「む、ん、んーっ」

逃げようとした舌が、簡単に絡まれちゅうと吸われる。
まるで食べられるように強く押し付けられた唇の中で、ちゅっ、くちゅりと水音を立てながら舌が弄ばれた。
舌の付け根から鯉伴さんのぬめった舌にねっとりと絡めとられ、舌と舌をちゅくっと擦り合わせらせ、鯉伴さんの唾液と私の唾液が口の中で混じった。

「ん……、ん、ふぁん、んっ」

絡まる熱い舌の感触に何も考えられなくなる。
ただ、絡まる舌の感触と強く抱き締める鯉伴さんの暖かい胸の感触が、とても気持ち良い。
突っぱねた格好になっていた私の両腕は無意識に鯉伴さんの首に回していて、着物をぎゅっと掴んでいた。
そして、強く合わせられた唇から、濡れた音がしばらく続いた。
それはふいに細い糸を引きながら、ゆっくりと名残惜しげに離される。
鯉伴さんは、私の顎の糸が垂れた所をペロリと舐めると口を開いた。

「教えた事全く出来てねぇじゃねぇか……こりゃ、一から教え直しだ」

う……え?

唇が離されてもぼんやりしていた私にそう言い、左耳たぶを突然舐め食まれた。
その感触がくすぐったいような産毛がぞくっと立つような、そんな奇妙な感じがし、首をすくめる。
と、耳の後ろをきつく吸われた。

「……っ」

チリッとした痛みが感じる。そして、耳元で囁かれた。

「仕方ねぇ。響華ちゃん、別のモンで礼を貰うぜ?」

……別の、もの…?

ぼんやりしていて言われた言葉の意味が良く判らない。
その中、鯉伴さんは耳元から鎖骨へ向かって舌をツッと滑らせた。
その舌の感触にゾクゾクと背筋が震える。
ぬめる熱い肉厚の舌の感触が、感じた事のないものでその感じをどう受け取って良いか判らない。

「んっ……っ、りは……ん、さっ……っ」

目をぎゅっと閉じ、その感触に耐えていると、突然ゴインッと大きな音がした。

「いてて……ちっ、もう来やがった」

……え?

ぼんやりした頭で閉じていた目を開けると片手で頭をさすっている鯉伴さんに、傍の畳には特大級の桶が横に転がっていた。

あ、れ? こんな所におけ……、あった、かな?

そう思っていると突然廊下側の障子がガラリッと勢いよく開かれた。
そこには冷ややかな目をしたお母さんが腕を組んで立っていた。
後ろに何故か般若の顔が見えるお母さんは地の底を這うような低い声で鯉伴さんに話しかける。

「このクソえろバカ坊主。響華に何してんだい?」

お母さんの言葉に鯉伴さんは私を抱き抱えたままの姿勢で不敵に笑うと、返答をした。

「オレは何(なん)も悪ぃ事ぁしてねぇぜ? しかし毎度の事だが、天華、誰にも見られず良くここまで来れるな。どうやってんだい?」

お母さんは冷たい目で鯉伴さんを睨みながら口を開いた。

「はっ、どうやって来たかクソバカ坊主に教える気は無いね。それよりもさっさと響華からその手をどけな。いつまで服の中に手ぇ突っ込んでる気だい」

あ、れ?

私はその言葉にぼんやりとしながら、首を傾げる。
背中に感じていた手の感触は直に触られていたらしいが、気がつかなかった。

いつの間に背中に触られていたんだろう……

ぼーっとしながらとりとめも無い事を考えていたら、ひょい、と鯉伴さんの膝から離され、いつの間にか傍に来ていたお母さんに抱きあげられた。
そして、お母さんは部屋からさっさと出て行く。
が、何を思ったのか部屋の入り口で立ち止まり鯉伴さんをふり返った。
そして冷たい声音で言い放つ。

「いいかい、鯉坊。今後響華に手ぇ出したら、もう協力は無しだよ」

協、力……?

ぼんやりした頭の中で疑問を感じた。
が、考えが纏まらず、ただ思うだけ。

鯉伴さんは、お母さんのその言葉に頭を掻きながら「そりゃ困る…」と呟いた。
お母さんはそのまま無言で障子をピシャリと閉める。
と、私の頭をゆっくりと撫ぜ優しい顔になり言葉を紡いだ。

「響華、今日は大変だっただろう? 眠っときな」

その言葉に今日起こった様々な事を思い出し、目を閉じる。
だが、ぼんやりした頭では、様々な事に対して色々考え切れない。

明日、考えてみよう……。


目を閉じそう思っているとお母さんが傍に居るという安心感からか、すぐに寝入ってしまった私だった。







- ナノ -