駅に着くと新幹線に乗ると聞き、驚いて鯉伴さんを見上げるが、鯉伴さんは腕を組み悠然と微笑んでいるだけだった。

新幹線に乗らないといけないほど遠い所にお遣いなの!?
なんで、そんな遠い所に……

鯉伴さんは戸惑っている私の肩に手を置くと口を開いた。

「響華ちゃん。心配するこたぁねぇ。オレがついてるぜ……」

その言葉に何故か心が支えられる気がして胸が暖かくなり、ほっとした。


そして、新幹線が到着したのは、岩手県の新花巻駅だった。

ここからどう行けば、遠野という地名の赤河童さんの家に着くんだろう?

そう思いつつ、鯉伴さんの大きな手に引かれながら歩いていると、ふいに鯉伴さんは一軒の古めかしい宿の前で足を止めた。

「響華ちゃん、東北は初めてだろう? 一日くれぇ到着が遅れても構わねぇ。東北の宿を堪能しねぇかい?」
「え……、でもお母さんに怒られない、ですか?」
「構わねぇって、ほら、入るぜ」
「え、あの……っ」

背を押されて宿屋の暖簾をくぐると、素敵なインテリアで飾られた玄関が現れた。
聞きかじった事のある普通のホテルのフロントとは違い、靴を脱ぐ場所が直にありそこから畳を敷いた空間が広がっていた。
左手には、今にもそろばんを弾いている人が現れそうな座卓に炭鉢、右手にはシックな木目の四角テーブルが置かれている。
そして手前には大人の人が抱えきれない程の大きなツボに、白木を美麗に活けていた。

「すごい……」

そう呟く私の頭を鯉伴さんは一撫ぜすると、いつの間にか迎えに出てくれた女将さんのような人に声を掛けた。

「急に来ちまって悪ぃな。部屋空いてっかい?」
「いらっしゃいませ! 奴良組様の! はい。いつもの部屋空いてますよ! どうぞ、どうぞ。おや? 娘さんですか? 可愛らしい方ですねぇ」

その言葉に鯉伴さんは、フッと笑う。
そして、私の腰に手を回しながら、女将さんの先導について行った。


通された部屋は、洋と和が良い具合に混合された、素敵な部屋だった。
大き目の四角テーブルにシックな色合いの液晶テレビ。そしてその横に設置された棚の中には色々なアンティークの小物が並べられている。
棚の上には、時代を感じるランプが置かれて淡く灯りをともしていた。
そしてもう一つの部屋を見ると、床の間に金を使った鶴の模様の紅い打ち掛けが飾られていた。

「うわ、綺麗……!」
「響華ちゃんもあんな着物が着たいかい?」
「えっと、一回だけなら、着てみたいです……!」
「ハハハ、数年後に着せてやらぁ。期待しときな。響華ちゃん」
「え?」

数年後? 

何の事だか判らず聞きなおしても、鯉伴さんは笑うばかりで、何も答えてくれなかった。


でも、こんなにゆっくり寄り道してもいいのかな?
託された手紙が急ぎの用件だったらどうしよう……
急ぎだったら……、困るよね!

美味しいご飯を食べて、ヒノキの風呂に浸かりながらその結論に至ると、私は急いで湯から上がり鯉伴さんが待っている部屋へと急いだ。
部屋では鯉伴さんが、手酌でお酒を飲んでいた。
私はテーブルを挟んで鯉伴さんの真向かいに座ると身を乗り出した。

「鯉伴さん、あの、赤河童さんに渡す手紙、急ぎだったら悪いので今からでも出発しませんか?」

鯉伴さんは、片目を閉じたまま私に視線を合わせるとにっと笑った。

「もし、そうだとしても、もう遅い時間だぜ? 赤河童も流石に寝てらぁ」
「あ!」

窓の外をバッと見ると、もう外は真っ暗だった。

うう……、気が付かなかったよ。私。
これで急ぎの用件だったら、お母さんに思い切り怒られるよね?
どうしよう?

眉を下げながら、ぐるぐる考えていると鯉伴さんが立ち上がる気配がした。
それに顔を上げると鯉伴さんは私の横に座り、私の腰を掴むとあっと言う間に膝の上に抱え上げられた。

う、え? 鯉伴さん?

驚く私の肩口に顎を乗せた鯉伴さんは、艶のある声で私の耳に囁いた。

「いつもはもっと近くに座んのに、今日はやけに遠いや……。響華ちゃん、まだオレの事疑ってんのかい?」
「え?」

疑ってる……?

と、鯉伴さんが私の事を月華さんの代わりにしていた事を思い出した。
それと共に胸の中へズクズクした痛みが広がり出す。

疑っていると言うより、真実なんだよね?
……。
多分、考えてない時も無意識に鯉伴さんと距離を取ろうとしていたかもしれない。
私は……。

「あ、の……、離して下さい」
「なんでだい?」
「だって、私、私は……、月華さんじゃない!」
「知ってるぜ?」

その言葉と共に首筋をぬるっと濡れた舌で舐められた。

「……っ!」

ビクッと反射的に肩を竦ませると耳元に熱い吐息と共に囁かれた。

「響華ちゃんは響華ちゃんだ。代わりなんかじゃねぇや……」







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