悲しくて、苦しくて、涙が止まらないまま、私はいつしか布団の中で寝入ってしまった。
目を覚まして上半身を起き上がらせると目が腫れぼったいのに気が付いた。
泣きながら眠った所為?
でも、昨日の事を思い出すとまた胸が痛くなる。
痛む胸を押さえながら、俯いていると、襖の向こう側に居るお母さんから呼ばれた。
「響華。坊主が来たよ。起きれるかい?」
え? 坊主って誰だろう?
私は胸の痛みを打ち消すように立ち上がると布団を片付けた。
「もうちょっと、待って。今、着替えるから」
「急がなくていいよ。急な用事でも無いみたいだしねぇ」
私はその言葉に頷くとゆっくりと服を着替えた。
そして、居間と私の部屋を隔てる襖を開ける。
と、ちゃぶ台の傍にきちんと正座をしているリクオ君が居た。
今は、外が明るいので、人間の姿だ。
「どうしたの? リクオ君?」
そう口を開くと、リクオ君はぱっと振り向きこちらに顔を向けた。
「あ、響華ちゃ……」
と、何故か笑顔が固まった。そしてみるみるうちに、目が見開かれた。
「どうしたの!? その目は!」
「え?」
リクオ君は立ち上がると、私の両肩を掴み、真剣な目をしながら口を開いた。
「誰が響華ちゃんを泣かせたんだ!?」
え? え? え?
なんで泣いてたって判ったの!?
リクオ君の剣幕にオロオロしていると、リクオ君が座っていた場所の向かいに座って居るお母さんが、口を開いた。
「響華。目ぇ、酷く腫れてるよ。あっちで冷やして来な」
そう言いつつ、お母さんは洗面所の方を親指で指さした。
「あ……、そんなに腫れてるの?」
真っ赤に腫らした目をしてるなんて、恥ずかしい。
頷いて洗面所の方に行こうとすると、リクオ君が待ったをかけるように口を開いた。
「響華ちゃん!」
そして、答えるまで離さないと決意を込めたような目で見つめられる。
え、えっと、どう答えればいいの?
鯉伴さんの優しさが私に向けられていた、と勘違いしてたなんて……
それが、なんだか苦しくて泣いてしまった、なんて……、言えない。
それに、言おうとしても、胸がつっかえて話せない。
私は、再び痛み出した胸に眉を下げると、胸を押さえながら俯いた。
と、しばらくしてリクオ君の両手が私の両肩からゆっくり離れた。
そして、優しい声音で話しかけられた。
「無理言ってごめん、響華ちゃん。大丈夫。もう何も聞かないから。ほら、洗面所行こう!」
顔を上げると優しげに笑うリクオ君の姿があった。
なんで、何も聞かない事に決めたんだろう?
不思議に思う私の手をリクオ君は掴むと、私を引っ張るようにして歩き出した。
そして、洗面所に辿り着くと、リクオ君に色々世話を焼かれながら目の腫れを整え、また居間に戻った。
「響華ちゃんと一緒にやりたくて持って来たんだ!」
リクオ君は私と並んで座ると、持って来た手提げから夏休みの宿題を取り出した。
そう言えば、私も少ししか手をつけてない。
一緒に宿題をすれば、私よりも成績の良いリクオ君に判らない所を教えて貰えるし、それにどんどんはかどるかもしれない。
私は少し笑うと頷いた。
「うん。来てくれてありがとう。リクオ君。一緒にやった方がはかどるよね」
と、リクオ君は何故か照れたように頬を少し赤くし、頭を掻いた。
「う、うん。あ、そうだ。響華ちゃんは夏休みの自由研究は何にする? 良かったら、一緒にしようよ!」
”夏休みの自由研究”と言う言葉に、はっと原作を思い出した。
確か原作では、清継君達が夏休みの自由研究の為に京都まで行く。
そして、リクオ君は遠野へ修業に行き、その後、鯉伴さんを殺した羽衣狐を討つ為、京へ入る。
でも、鯉伴さんは、生きている。
どうなるんだろう?
眉を寄せ考え込んでいると、リクオ君が心配そうな顔をしながら、横から覗き込んで来た。
「どっか痛い? 響華ちゃん?」
「う、ううん。何でもない、何でもないー。夏休みの研究、何がいいか考えてたの」
「そっか!」
「うん」
「へぇ……。今は小難しいもん勉強してんな……。ご苦労なこった」
その言葉と共に、私の腰は抱え上げられ、誰かの膝の上に身体が乗せられた。
う、え?
目を瞬かせていると、リクオ君が大きな声を上げる。
「父さん! なんでここに居るんだよ!」
り、はん、さん?
身体が強張ると共に、胸の中が一瞬で悲しみの色に染まった。