「どうしたんだい? 響華ちゃん?」
目の前には鯉伴さんの心配そうな顔。覗き込まれている。
それにまた驚き、私は目を丸くしてしまった。
「っ!?」
「何、驚いてんだい?」
「い、え……なんでもない、です」
突然の鯉伴さんのアップ。驚きます。
でも、さっきの映像、なんだったんだろう?
懐かしいような岩山の風景。
それに「月華」という名前。月華って確か……
私は鯉伴さんが幼稚園の頃から反応していた名前だったことを思い出す。
最初は幼稚園の頃。初めてリクオ君の家にお邪魔した時。
そしてその後、数回月華さんという人の面影を重ねて見られた。
あの月華さんの名前が何故映像の中から聞こえて来たのだろう?
首を傾げていると、鯉伴さんから肩をグイッと引かれる。私の身体はスッポリ鯉伴さんの逞しい腕の中に納まった。
鯉伴さんの片腕の中に包まれ、胸の中にじんわりと暖かいものが広がる。
なんだろう?
でも、この暖かさ……きもちいい……
先程の映像の事も忘れ、その暖かさにうっとりとしていると、リクオ君の声が遠くから聞こえて来た。
「父さんー! 響華ちゃーん! あ、居た!」
腕の中から顔を上げると、慌てた様子のリクオ君が白いガードレールから身を乗り出している姿が飛び込んで来た。
後ろには氷麗ちゃん。白い着物にマフラーを巻いている。妖怪姿だ。
リクオ君は言葉からでも判るけど、昼間の姿に戻っている。
朝方だから?
ちらりと水平線の方に視線を向けると、太陽は結構昇っていた。多分、今は7時くらい。
そう言えば、菅沼さんはどうしたんだろう?
そう疑問に思っていると、リクオ君はおもむろにガードレールを乗り越え、砂浜へザンッと音を立てて飛び下りた。
氷麗ちゃんも後に続いてヒラリと飛び下りる。
わわっ、2,3メートルある高さなのに、大丈夫?
「リクオ、君!」
慌ててリクオ君の傍に駆け寄ろうとするが、肩をガッチリと抱かれて動けない。
鯉伴さん?
不思議に思いつつ鯉伴さんを見上げるが、いつもと変わらぬ飄々とした表情だ。
と、その間にリクオ君は足を痛めた様子もなく、平然とした様子で駆け寄って来た。
しかし、何故か焦ってる。
「父さん! 何響華ちゃんを連れ出してるんだよ! 響華ちゃん、大丈夫? 何もされてない?」
リクオ君はガウッと鯉伴さんを責めると、すぐに私へと視線を移し心配そうに声を掛けて来た。
へ?
リクオ君の言った内容が良く判らず、首を傾げると、鯉伴さんは苦笑交じりに言葉を発した。
「おいおい。人聞きの悪ぃこと言うんじゃねぇ。響華ちゃんが本気にしちまうだろ?」
「父さんは遊び人だから、心配だったんだよ!」
「リクオ、そりゃ、男の甲斐性ってもんだぜ?」
「そんなの絶対違う!」
「ははは、リクオも大人になりゃあ、判らぁ」
遊びが大人の男性の甲斐性って……
何故か胸が痛くなった。
この痛み、なんだろう?
なんだか、すごく、泣きたい。
胸を押さえ少し俯いていると、リクオ君が鯉伴さんの腕を強制的に外し、右手をぎゅっと握って来た。
「響華ちゃん。みんな待ってるし、帰ろう?」
「……う…ん」
私は頷くとリクオ君の誘導に従いながら歩きだした。菅沼さんの家へと。
胸の痛みは、帰り着くまでなかなか引かなかった……。