「菅沼さん、後ろ!」
私は、思わず叫ぶ。と、菅沼さんは、私の声につられたように、緊張した面もちで後ろを振り向いた。
しかし、その怖い幽霊を目にしたとたん、ホッと胸をなで下ろした。
え?菅沼さん?
なんでホッとしてるの!?
凄く怖そうな幽霊!
早く逃げて!
菅沼さんに駆け寄り、腕を引こうとするが、菅沼さんは、幽霊に笑顔を向け口を開いた。
「邪魅じゃない。ありがとう。心配してここまでついて来てくれたのね。もう、大丈夫」
え?その幽霊怖くないの?って、じゃみ?
あれ?邪魅って確か、夜中に枕元に立つ妖怪で・・・
菅沼さん、いつの間にか仲良くなってる!?
なんで!?
意外な光景に呆然としていると、菅沼さんの後方からリクオ君が銀の髪を靡かせ、懐に短刀をなおしながら近付いて来た。
そして、邪魅に気付くと薄い唇を持ち上げニッと笑い口を開いた。
「全部、終(しめ)ぇにしてやったぜ」
すると邪魅はリクオ君に向かて頭を下げる。
菅沼さんも嬉しそうに目を細め頭を下げた。
「ありがとう。君のおかげで助かったわ」
そんな2人にリクオ君はおもむろに口を開く。
「ところで邪魅。話しがあるんだが、いいかい?」
何の話しをするんだろう?
首を傾げ3人(?)を見ていると、突然腰を掴まれた。
「わっ!」
な、に!?
驚いて後ろに首を巡らせると鯉伴さんの顔があった。
「鯉伴さん?」
どうしたんだろう?
「幕は下りたな……。行くぜ」
え?どこに?
口を開く間もなく、膝の裏に腕を入れられたかと思うと、ひょいと横抱きにされた。
そして、驚く私に構わず歩きだした。
鯉伴さん、どこ行くの!?
着いた場所は海岸線沿いの道だった。
ガードレールの数メートル下は、砂浜が広がっている。その向こうは海。
まだ夜が明けてないので暗く輪郭しか判らないが、潮風が気持ち良い。
「下に下りてみるかい?」
下に?
なんだか砂浜の上をサクサクと歩きたくなり、私はコクリと頷いた。
すると鯉伴さんは、いきなり私を抱えたままガードレールを乗り越えると、そのまま砂浜に着地する。
「よっ、と……。立てるかい?響華ちゃん」
吃驚した!吃驚した!
私はバクバクする心臓を押さえる。
鯉伴さん!突然飛び降りられたら、心臓に悪すぎです!
と、鯉伴さんは私を砂浜に立たせ、頭をクシャリとする。
そして鼻の頭に唇を落とした。
鯉伴さん!?
再び心臓が大きく跳ねる。
鼻の上にキスって、なんで!?
目を丸くし、鯉伴さんの顔を見上げると、鯉伴さんは海の方に顔を向けた。
「見てみな。響華ちゃん。御天道さんだ……」
おてんとさん?
首を傾げながら鯉伴さんが見ている方向に顔を向けた。
すると水平線の向こうがだんだんと明るくなってくる。
見ていると太陽がオレンジ色に輝きながら、顔を出して来た。
それと共に海が明るく光り出す。
「わあ……!」
感嘆の声が口から洩れる。思わず魅入ってしまった。
綺麗! すごく、綺麗! こんなに綺麗な風景見たことない!
それにきっと、あの水平線の彼方に知らない土地が広がってるんだろうな。
どんな土地なのかな?
ワクワクした気持ちが広がる。
と、突然頭の中に見たことも無い景色が広がった。
高く天までそそり立っている無数のごつごつした岩山。所どころ、木が生えている。
なんだか南宗画集に描かれていた風景とソックリだ。
と、視点が変わり、自分は赤に金の模様の入った手毬をテンテンとついていた。
ついているのは白い小さな幼児の手。
あれ?私の手、こんなに小さかった?
首を傾げていると、ふいにまた視界が山の頂きに移動する。
と、山頂にかかった雲の中から輝く光が降りて来た。
胸の中に歓喜の感情が広がる。
私は手を伸ばすと口を開いた。
「お母さま!」
すると光の中から金の腕輪をした白い腕が2本現れる。
そして、頭の中に優しそうな女性の声が響いた。
『月華』
げっか?
その名前って確か……
聞き覚えのある名前に首を傾げていると、唐突に頭の中の映像は掻き消えた。