私は小さい身体を利用して、敏速に逃げ出そうとした。

冗談じゃ無いったら無い!
知らない男に身体を売る仕事なんて、想像しただけで嫌悪感が募る。
嫌ったら、嫌!

でも、すぐに捕まえられた。
慣れない太陽が照りつける庭先で、目に突き刺さるほどの光に耐えきれず思うように逃げ切れなかったのが敗因だった。
私は大人の男の人に捕えられ、先程の知らないおじさんの前に突き出された。
それでも、私は目を覆いながらも首を振る。
だが、その知らないおじさんは私の様子に何も言う事無く無言で手を引き、私を生まれ育った場所から引き離した。
ラウにお別れも言えずに……

そして私にとってすごく長い旅が始まった。
外を長く歩いた事の無い足は、すぐ血豆が出来、悲鳴をあげる。
でも、そのおじさんは案外優しかった。
血豆の出来た足を清潔な布で巻くとおんぶをしてくれた。
お腹が空けば、白米の大きなおにぎりや美味しい漬物をくれた。

なんで吉原に売る子供に、こんなに親切にしてくれるんだろう?
ドラマとかでは、結構シビアな感じだったのに……

そして、着いたのは江戸と呼ばれる町の中の大きなお店だった。
ドラマで見たような遊女がたくさん居るような雰囲気は無い。
でも、今はお昼だ。
夜の商売だから、多分皆、眠っているのかもしれない。

泣きだしそうな気持ちで、その大きなお店を見上げていると、おじさんがポンッと背中を叩いた。

「ここが今日から、椛様……いや、椛のお家だよ」

私は、黙って頷く。
そして促されるまま、お店の中に入るとそこには店員さんみたいな人が、2,3人の女性のお客様に布を当てる姿があった。
そして手前には大きな算盤をはじく男性が居た。
その人は隣に居るおじさんに気が付くと、嬉しそうな顔でこちらに駆け寄って来た。

「こりゃ、大旦那! お早いお帰りで! おい、足湯だ!」

あ、れ?
ここって……想像していたのとは違う…

ポカンとしていると、おじさんが頭を撫ぜた。

「ほら、座敷におあがり。今日から、椛はうちの看板娘になるんだよ」

………は?

おじさん……いや、お父様の言った事は本当だった。
私は、江戸で指折りの呉服問屋に養女として迎えられた。
母親……ううん。お母様も美人でとても優しい人だった。
普通はお金持ちの奥方達は嫌がるものなのに、何故歓迎されるのか判らなかったが、そのうち納得が行った。
お母様は今で言う鬱病と言えばいいだろうか? いや、時々狂ったように独り言を呟くので、総合失調症?
どちらか判らないが、お母様はその病気にかかっていた。
きっかけは、自分の子供を幼くして亡くしてしまったからだったらしい。
私はその優しい両親に囲まれながら、スクスクと成長し、15歳となった。


そう齢15歳になった。
髪は天然気でもあったのか、腰まで伸ばした髪は緩やかに波打っている。
容姿は「可愛らしい」と皆から言われるが、多分お世辞だろう。何しろ呉服屋の一人娘として育ったのだから。
しかし精神年齢は18歳プラス15歳で33歳だ。
うん。内面は歳を取っているけれど、でも外見はれっきとした麗らかな乙女である。
そう麗らかな乙女。

なのに……

「のう、椛。茶だけ付き合っても損はねぇじゃろ?」

何故かお店の中でストーカー被害にあっていた。
と、言うかここうちの呉服屋のお店の中なのだけど、薄い金の髪を靡かせた男は煙管を片手に、顔を近付けて来る。
両頬に入れ墨みたいな模様を入れてるにも関わらず、怜悧な容貌の男の人。
さりげに着こなした、着流しも格好良い。
でも、私は、自分に謙虚な人が好み。この男の人のように自信満々な人は苦手だった。

「あの、お客様。今日はどのような反物をお求めですか?」
「毎日通っとるのに、つれないのう……。そこもまた良いんじゃが。」

ううっ…、毎日通わないで下さい!
ストレスで胃がすり減ります!








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