定刻に姿を現さないけど、必ず1日1回は訪れてくれるようになった白ネコのラウ。
5歳の頃になると、暇つぶしに巻き物の絵を見ている私の傍で毛づくろいするようになった。
「さわっていい?」と聞くと、撫ぜる事も許してくれた。
猫好きな私としては、すごく嬉しい事だった。
でも、前から撫ぜるとサッと立ち上がりどこかへ姿を消してしまう。
だけど、後ろからそっと撫ぜるとじっとしていてくれた。
なんでだろう?
そんなある日、いつものように燭台の上に置かれた蝋燭の灯りの下で、ご飯を食べていると、入口とは反対側。蔵の奥の方で何かを引っ掻くような音が聞こえて来た。
「ラウ?」
立ち上がり蝋燭を持つと、音のする方向に近付いて行った。
だがそこは板張りの壁で、ラウは居ない。
しかし、そこからガリガリという音が聞こえて来る。
もしかして外から……?
音がする部分の板を撫ぜてみる。すると微かにガリガリという音と共に小さな振動が伝わって来た。
「ラウ……」
小さな親友が心配になり、どこか隙間が無いか触ってみる。
と、突然目の前の板が開いた。
え!? これって、隠し戸!?
吃驚していると、開いた隙間から冷たい風が吹き込むと同時にラウがよろめきながら入って来た。
「ラウ?」
訝しげに思い、ラウを蝋燭で照らしてみると、毛が所々焦げ、血が滲み出していた。
「どうしたの!?」
床に疲れたように座り込み、目を閉じるラウに、どうしようと困惑するが困惑していてもはじまらない。
私は猫の怪我の応急処置法を思い出す。
確か、傷口は水かぬるま湯に浸したガーゼや脱脂綿で傷口をぬぐって、消毒!
って、この蔵の中にそんなもの一つも無いよ!
……あ! 着物の下の白い肌着なら!
私は着物を脱ぐと下に着ていた肌襦袢を力任せにビリッと破った。
そして、竹の水筒に残していた水で、破ったそれを浸し、ラウの血を拭った。
痛いのか、低く唸り声を上げるが、動こうとはしない。
多分、動けないんだろう。
可哀そう……
「よしよし。早く、よくなーれ」
小さな声で呟きながら、私は傷に触らないよう身体を撫ぜた。
と、何故か薄らとラウを撫ぜている手が、薄緑色に淡く光りを帯びる。
ん? 暗いからきっと目の錯覚かな。
そう流していると、傷口を拭ったのが良かったのか、それともラウの治癒力が高いのか、血がピタリと止まった。
「良かったー……。ラウ」
私はホッとし着物を着直すとラウの頭を撫ぜる。
ラウは気持ち良いのか、ゴロゴロと喉を鳴らす。
本当に良かった…。
ホッとすると同時に今度はラウが入って来た戸が気になる。
私は改めてラウがさっき入って来た小さな戸をじっと見た。
もしかして、ここから外に出られる?
ちょっと、だけ…
ちょっとだけ……
そっと押すとキィと音を立てて開いて行く。
私はコクリと唾を飲み込むと、その開いた場所からそっと外を見た。
外は真っ暗だった。
だが、暗い蔵の中に何年も居た所為か、数メートル先に白い壁があるのが見える。
そしてその内側には立派な木々が植えられていた。
その中、冷たい風が頬に当たる。
外の風、気持ちいい……
そう思いつつ、一歩戸の外に足を踏み出し、空を見上げると満天の星があった。
「うわ……すごい」
こんなに綺麗な星空を見たのは、初めてかもしれない。
それに、空気がおいしい。
すうっと空気を味わうように何度も吸い込む。
と、突然後ろから幼い女の子が上がった。
「あなた、だあれ?」
え!?
ドキッとしつつ、後ろを振り向くとそこには可愛らしいお姫様のような女の子が立って居た。