私に母乳を飲ませた女性は、乳母だったらしい。
飲ませられた、と言うか、身体が勝手に動き胸に吸いついた。

恐るべし、赤ちゃんの本能!

そしてその女性は私が話しかけても意味が判らないと思い込んだのか、産みの母の事や双子として生まれた姉の事、欲深らしい父の事を語った。
あと、どうやらこの世界では双子は忌み嫌われているらしく、私を殺そうとしたらしいのだが、産みの母のたっての願いで蔵の中に閉じ込めて育てる事になったそうだ。
そして、私の身分は公家の姫様らしい。

公家って言うと、昔の平安京時代の貴族を思い出すけど、私が生きた時代では身分の階級制度なんて無かった。
生まれ変わりって普通死んだ後の時代に生まれるものだと思っていたのだけど、この様子だともしかしたら世界自体が違うかもしれない。
地球に似た世界。異世界に生まれたのかも。
だから、時代錯誤な服装とか髪型をしてる。
うん。それだったら、納得出来る。

そう思いつつ、真っ暗な蔵の中を見回す。

こんな暗闇の中で生活するなんて…退屈な一生になるかもしれない…

私は心の中で溜息を零した。


首が座り、しっかり歩けるようになるまで2年の歳月が必要だった。
2歳になった私は、歩けるようになってから蝋燭の灯りを手に入れると、蔵の中の探検に時間を費やした。
身体が小さく足が短かったので、はしごとかは登れなかったけど…
蔵の中には色々なものが収納されていた。
書物に鎧兜。鏡等。
それらが珍しくて興味惹かれるものから順に漁って行った。

そう言えば2年経って変わった事と言えば、乳母が通って来なくなった事。
多分、乳離れしたからだろう。
その代わり、知らない男の人が朝と夜の2回だけ食事を持って来るようになった。

でもドラマとかでは、乳母って大きくなっても傍に居るものよね?
春日の局とか偉い人の家ではそうじゃなかったかな?
うーん。それって時代……。ううん。世界が違うから?

自分の疑問に答える人はいない。
私は燭台の上に置かれた蝋燭の灯りの下、男の人が持って来たご飯をもぐもぐ食べながら、心の中で首を傾げていると、突然後ろでガタッと物音がした。
吃驚しながら後ろを振り向くが、蝋燭の灯りに照らされた場所には何も異変は無かった。

もしかして、ネズミ?
今までこの蔵の中で、一度も遭遇した事なかったけど、ネズミだったら嫌だなぁ……

自分の想像した事に眉を顰めていると、またガタンッと音がした。
それと共に「ニャア」と猫の声がどこからか上がった。

猫!?

鍵がかかっていて、外と出入りが出来ないのに猫が蔵の中に居るのはおかしい、という疑問より先に猫の姿が見たくて、声が聞こえたと思われる方向に蝋燭の灯りを向けた。
そう。私は前世から大の猫好きなのだ。

「にゃー、にゃー、おいでおいでー? こわくにゃいよー」

2歳だからか上手く喋れない所もあるが、誰もいないから気にする事は何も無い。
私は、箱が積んである場所に向かってなるべく優しく話しかけ、右手をちょいちょいと動かした。
と、しばらくするとこちらをそっと窺うように箱の影から、白い猫の顔が出て来た。

うーわ! 白ネコだ。白ネコ!
可愛いー!
「おいで、おいで?」

更に右手をちょいちょいと動かすが、猫は私をじっと眺めたあと、顔を引っ込めてしまった。

うーん。やっぱり猫って初めて見た人間に対しては警戒するんだよね。
人間からいつも餌を貰っている野良猫や、飼い猫は違うけど……
って、あ。餌!

私は急いで自分の座っていた場所に戻ると食べ掛けていた魚の身を取り、小皿に移した。
そしてまた猫の隠れている場所に行くと、手の平の上に魚の身を置きその手を箱が積み上げている場所へと伸ばした。

「ごはん。ごはん。おいでー、おいしーよー?」

と、チラリとまた白ネコは顔を出した。
そしてしばらくこちらをじーっと見ていたかと思うと、ゆっくりと姿を現しこちらに近寄って来た。
だが、私の顔をじーっと見るだけで、手の平の上にある魚の身には近付かない。

うーん。もしかして、まだ警戒してる?
「たべにゃいの?」

首を傾げて問うと、白ネコも首を小さく傾げた。

かわいいっ! かわいすぎ!

私は顔をふにゃりとさせると手を猫の鼻に近付けた。

「おしゃかにゃだよ?」

そう話しかけたとたん、白ネコは手の平の上の魚の身の匂いをクンクンと嗅ぎ、そろりそろりと食べ始めた。

うわー! 食べてくれた! 可愛いなぁ、ほんとうに。

それを見ながら、久しぶりの至福の時間を楽しんだ。
その日、魚の身を食べ終えた白ネコはすぐにどこかへ姿を消してしまったのだけど、次の日にまた現れた。
そしてその次の日にも。
私は嬉しくてたまらなくて、その白ネコに名前を付けた。
頭に何故かふいに浮かんで来た名前。『ラウ』と。


そしてまた時は過ぎ、5歳になった私はひょんな事から、外に出る秘密の出口を見つけた。








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