ふうっと意識が浮上する。

「ん……」

瞼をゆっくり上げるとそこは、見た事の無い和室だった。

真新しい畳がきれいに敷かれている。広さは10畳くらいだろう。
襖は贅沢に金粉を使った松の絵が描かれていた。
床の間には、白磁器が飾られている。
そしてどこからか、獅子脅しのカコーンという音が聞こえて来た。

「立派な部屋だけど、ここどこ?」

不安が胸の中に沸き上がり、思わず袂を握る。
そして私は前世の知識を合わせ頭の中から色々検索してみた。
この江戸の城主は、徳川家康様だ。
しかし、まだ江戸時代には突入していない。
今、江戸の町を新しく建設している最中だ。
そんなご時世、こんな豪華な屋敷を持っているのは、徳川家の有力な家臣しかいない。

江戸から連れ出されていたら、この推測は成り立たないけど……

物思いにふけっていると、突然、豪華絢爛な襖が開いた。
バッと顔を上げると、襖を開いた人と視線が合う。
その人は、上質な袴を纏った中肉中背の見知らぬ男性だった。
見知らぬ男性は私を見ると、目を細めにんまりと笑った。

「そのように怯えなくても良い。我が妻よ」

つ、ま?
いきなり何を言ってるんだろ。この男。

「私、あなたの妻になった覚えなどありませんが?」
「むふ。気の強いところもまたかわゆいの〜。私の名は則之。これからは、旦那様と呼ぶが良い」
「だから、私は貴方と結婚した覚えはありませんっ!」
「ほう。平民風情が私に逆らうと? 父上に頼んで家を取り潰させても良いのだぞ?」
「そ、それはっ……」
「知っておるぞー? お前は貰われた子だそうだな。お前の所為で家を取り潰したら……。はっはっはっ、嘆くだろうなぁ」
「…………」

手の平をぎゅっと握る。

そうだ。娘として引き取ってくれたお父様に迷惑はかけられない…。
この男の要求を飲むしか、ない?
飲むしかないの?
くやしい。くやしい。くやしい。

口の中に鉄の味が広がる。
無意識に唇を噛み締めてた。

私は……っ

と、障子を隔てた庭から、猫の鳴き声が聞こえて来た。
その鳴き声はどこかで聞いた事のある声だった。

「ニャーゴ、ニャーゴ、ニャーゴ」

続けざまに鳴き続ける。

「えぇえい、うるさいぞ! 叩き斬ってやる!」

男は腰に下げていた刀を鞘から抜き放つと、障子を開け放つ。
するとそこには、異様な光景が広がっていた。
猫が何十匹も庭に集まって来ていたのだ。

「これって……なに?」

目を瞠っていると、耳元で聞き慣れた艶やかな声が聞こえて来た。

「迎えにきた。椛の夫はワシしかおらん」









- ナノ -